アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~

 十二月の景色が流れていく。トンネルを抜けた頃には雪がちらほらと降り始めていた。

 ――そういえば……紬希は、寒がりだったな。

 ウィーンの夜、コートを渡したときのことを思い出す。
 一度思い出してしまうと、次々に彼女との思い出が溢れ出て来る。
 軽井沢で手を繋いで歩いたときのこと、星空が見えるホテルで過ごした甘い夜のこと、教会で彼女が弾いた”前奏曲”に、ふたりを象徴する”トロイメライ”。
 すれ違ったままひとり旅立ったベルリンで手紙を読んで絶望を感じたあのときのことまで――全部、まだ鮮明に覚えている。一年間の契約という名の夫婦生活は奏の日常を色づかせ、彼のピアニスト人生をさらに輝かせたものにもなっていた。彼女がいなくなるまで気づけなかった愚かさを痛感しながら、奏は窓の向こうに映る雪を見つめる。
 金沢駅に着いたのは、昼過ぎだった。
 タクシーで住所を告げる。
 車窓から、豪壮な武家屋敷が立ち並ぶ古い街並みが見えた。
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