アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
「……奏、さん」
彼女の声は困惑気味だったが、拒絶するようなことはなかった。
「なぜ、ここに」
「迎えに来た」
奏は、真っすぐに言った。
「帰るぞ」
紬希の目が、揺れる。
「でも……契約は」
「関係ない」
奏は、一歩踏み出した。
「契約じゃない。俺が、君を望んでいる。それじゃあダメか?」
紬希の目から、涙が一粒こぼれ落ちる。
「……奏さん」
「話は後だ。今夜、コンサートがある――君に、傍で聴いて欲しい」
奏は、紬希の手を取った。家事を手伝っていたのだろう、その手は冷たく、かじかんでいる。
それでも、離すことはできなかった。
「行くぞ」
紬希の祖母が、縁側から二人を見ている。
その顔に、小さな笑みが浮かんでいた。