アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
* * *
演奏が始まった。
舞台袖から見える奏の横顔は、いつも通り無表情だ。
だが、音が違う。
軽井沢で聴いた音よりもさらに深く。
ヨーロッパで聴いた音よりも、さらに温かい。
まるで、何かが吹っ切れたかのような演奏だった。
――彼は……変わった。
紬希は、息を呑む。奏の音が、今夜はいつも以上に生き生きとしている。
跳躍するかのようにプログラムが進んでいく。一曲演奏が終わる都度、弾むように拍手が何度も湧き起きる。
――そして、アンコール。
奏が、鍵盤の前に座り直した。
最初の一音が鳴った瞬間……紬希は己の耳を疑った。
――リストの“愛の夢第三番”。
『愛しうる限り愛せよ』――その言葉が、音に溶けている。彼が、自分に向けて奏でた愛の告白だと、紬希にはわかってしまった。
契約という期限の中にいた二人が、その期限を超えようとしている。彼はもう、その気持ちを外に隠そうともしていない。
情熱的な音が、胸に届く。