アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
「……条件に、異論はありません」
そのまま彼女は迷うことなく言い切り、こちらを凝視する。光の加減で鳶色の瞳が明るく見え、その意外な変化に奏は唇を噛む。
――まるで最初から決めていたかのようだな。
その覚悟が、妙に引っかかる。
家族のために、自分を差し出すことを厭わない。
その強さがどこか痛ましい。
「ひとつだけいいか。……なぜ、この条件を受ける」
本来、聞く必要のない問いだった。契約に動機は関係ないと一蹴していた奏だったが、気づけば余計なヒトコトが零れていた。
紬希は一瞬だけ目を伏せた後、きっぱりと言い放つ。
「必要だからです」
短い答えだったが、隙も軽さもない言葉だった。
その一言の中に、言えない事情のすべてが詰まっているのだと、奏にもなぜか理解できてしまった。
それ以上踏み込んだら感情が抑制できなくなる。踏み込んではいけないと奏のあたまのなかで警鐘が鳴る。踏み込む理由もないのに藪をつついて蛇を出す必要もない。これはただの契約なのだから。