アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
* * *
本物の夫婦になってから、屋敷の空気は今まで以上に穏やかで幸福感溢れるものへと変わっていった。
「おかえり」と「ただいま」が交わされるのはもちろん、食卓には二人分の朝食が当たり前のように並ぶ。
大好きなピアノの音も、絶えず流れて来る。すべて契約結婚をして、ともに日常を送るようになって経験したことではある――が。
奏の「ただいま」の声は以前よりも少し柔らかく、食卓での沈黙も心地よい。
ピアノの音色は、前よりも少し、いや、かなり……誰かに聴かせるかのように人懐っこい。そしてなにより。
――変わった……。
紬希は思う。金沢から迎えに来て、その日のコンサートでプロポーズをした彼は、屋敷に戻ったその日の夜から、紬希と同じ寝室で、ベッドをともにするようになったのだ。キスより先のことを執拗に求められ、毎夜のように女としての悦びを与えられ、ピアノを弾く繊細な手指で丁寧にひとつひとつ開かれた身体は、すでに彼専用のピアノのように調律されている。奏がふれる深夜のピアノが甘く啼くようになったことから、気が早い使用人たちはベビー用品の準備を始めている。