アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~

   * * *


 プログラムは滞りなく終わり、拍手とともにアンコールを望む観客たちの熱気が湧く。
 奏は鍵盤の前に座り直し、深呼吸をしている。
 そして最初の一音を鳴らす。
 その音が鳴った瞬間――紬希は、息を呑んだ。

 ――この曲……リスト版の、“献呈”だ。

 シューマンがクララへの愛を書いた歌曲を、リストがピアノ独奏用に編曲した曲。
『あなたは私の魂、私の心』
 ……その言葉が、音のなかに溶けている。
 大勢の観客の中で、紬希だけが気づいていた。
 これが誰に向けられた音なのかを。
 やがて、奏の視線が動いた。

 ――わたしを、探している?
< 220 / 224 >

この作品をシェア

pagetop