アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
客席を静かに見渡していた奏は、紬希を見つけるとニヤリと笑った。
目が合ったのはほんの一瞬。
奏は、すぐに視線を鍵盤に戻したけれど。
紬希にはその一瞬だけで十分だった。
――アンコールは、わたしだけに。
紬希の目から、涙が零れた。
隣に座るマネージャーが、無言でハンカチを差し出す。紬希は素直に受け取って、そっと目元を押さえた。
彼が奏でる音楽は、続いている。
ホール全体に、献呈が響き、満ちていく。
大勢の人が聴いているなか、紡がれるこの音は、紬希だけに向けられている。
それを、知っているのは紬希だけ――……。