アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
奏を会場のスタッフとでも思ったのか、ハッと我に返って彼女が表情を緩めた。
すでに音を追う琥珀色の双眸は影を潜めていたが、どこか名残惜しそうに口を開いて、彼女は苦笑する。
「ごめんなさい。まだ、音が消えていない気がして……」
静かな声が、奏の耳底まで揺さぶっていく。
その声は、喧騒の中で浮かび上がるほど、澄んでいた。
「さっきの、音が……ここに、残っているの」
そっと、自分の胸にふれた彼女を見て、奏はわずかに眉を寄せる。
そのようなことを言われたのは、いつ以来だろう。
評価でも分析でもなく、ただ"音"の話をする人間など。
「……ふつうは、もう終わったと思うはずだ」
思わず、そんな言葉を口にしてしまった。
だが、彼女は小さく首を振って否定する。
「終わっていません」
か細いながらも、迷いのない声音が内耳に届く。
「最後の一音が消えたあとも、ずっと……つながっているみたい、で」
奏の胸の奥が、かすかに震えた。
そんな風に自分の演奏を言ってくれた人間がいるのだと、純粋に驚いた。
それは不快ではない。むしろ……。