アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
――何だ、この感覚は?
奏は理解できないまま、ただ立ち尽くす。
彼女は少し困ったように笑って、「すみません。変なこと言ってますよね」と、視線を落とした。
何かを諦めているようなその笑顔が、妙に引っかかる。
「いや」
奏はほとんど反射的に否定をしていた。だが、探そうとした言葉は見つからない。
舞台の上では、音が言葉の代わりになってくれる。だがここに、音はない。
やがて彼女は立ち上がる。
「ごきげんよう」
すれ違う、その一瞬の距離が、思っていたよりも近かった。
女性らしい上品で柔らかな花の香りと、わずかな温度。無駄のない、どこか育ちの良さを感じさせる彼女の仕草に、奏は首を傾げる。