アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
* * *
帰りの車の中、二人は黙っていた。
都心の夜景が窓の外を流れていく。
紬希はシャンパングラスを何度か口にしていたが、酔うこともなく、頭は最後まで冷静なままだった。
「……あの方、三条さんとはご存知の仲なんですか」
沈黙に耐えかねて、そう訊ねると、奏はつまらなそうに短く答える。
「家同士の付き合いだ」
「……そうですか」
三条という苗字なら紬希も耳にしたことがある。音楽財団を持つ多賀宮一族とは異なるが、多くの芸術家を輩出している一族で、現当主の娘が三人ともピアニストだと一時期メディアで騒がれていたからだ。伊織はその三姉妹のうちのひとり、なのだろう。なんにせよ自分とは雲泥の差である。
紬希は窓の外に視線を向けながら考える。さっき、奏が庇ってくれたのは――契約上の判断だ。妻が窮地に立たされるのは、夫婦の体裁に関わる。それだけのこと。
――それだけのこと、よね。