アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
――”トロイメライ”……静かな夢のなか、か。まるでいまのわたしみたい。
夢見るように大好きなピアノをふたたび弾くことができて、紬希は満足していた。そこに愛がなくても、穏やかな気持ちで毎日を過ごせているのは日常にピアノの音色が根付いているからなのだろう。毎日奏が練習と称して弾く姿を目の当たりにしている紬希からすれば、自分の演奏など取るに足らないものではあるが。それでも時間を忘れるほどに夢中になっていた。
だからふと、視線を感じたときに、紬希は変な声をあげてしまった。
「な」
扉の前に、奏が立っている。
いつからいたのか分からない。
腕を組んで、音が聞こえてくる方向を見ていた。
「……すみません、うるさかったですか」
紬希は慌てて手を止める。
「いや」
奏は、首を振って応える。感情が読めない。
批評も、評価も、何もない。それだけだった、が。