アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
「え……少し、だけ」
「海外は初めてか」
「はい」
「……」
まさか海外渡航が初めてだとは思わなかったのだろう。奏がきょとんとした顔をしてこちらに向き直る。
短い沈黙の後、彼は紬希の瞳をしっかり見て口をひらく。
「機内では眠れ。パリに着いたらすぐリハーサルだ」
それだけ言って、視線を楽譜に戻した。
紬希は小さく「はい」と答え、コーヒーに口をつける。クリームはすっかり溶けていた。
会話としては素っ気ない。それでも――気にかけてくれている、と思うのは、都合のいい解釈だろうか。