アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
* * *
機内は、夜ということもあり想像以上に静かだった。
ビジネスクラスの席は広く、隣との間にパーテーションがある。
奏は離陸してすぐ、アイマスクをして眠ってしまった。紬希も眠ろうとしたが、なかなか寝付けない。
窓の外は、どこまでも暗い。雲の上に出たからか、ちらほらと星が見える。
――雅希は、今夜も眠れているかな。
思考が、自然とそちらへ向かう。
病院のベッドで、薄い毛布をかけて眠っていた弟の顔。
父と同じ遺伝性の疾患が発覚したのは、彼が十九歳のときだった。
父が逝ったのは、雅希が八歳のとき。そのとき紬希は十三歳。
長い闘病の末に、静かに逝った彼が遺したのは二束三文にもならない土地と、ピアノだけだった。
それらは家が傾いていく中で徐々に手放すことになった。
引き取り業者が運んでいくピアノの背中を、紬希はずっと見ていた。
泣かなかった。泣いたら、もっと母が辛くなると思ったから。