アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~

「奏さんは、パリは何度も来ているんですか」
「ああ。毎年来ている」
「飽きないんですか」
「……飽きない」

 奏は、空の色を映した川の流れを見ながら言った。

「ここは、音があるから」

 紬希は、その言葉を繰り返す。

「音が、ある?」
「街全体が、音楽を知っている」

 川面に視線を落としたまま、奏は滔々と続ける。

「ここに来るたびに思う。音楽は言葉を超えるんだと」

 紬希は黙ってその横顔を見ていた。
 パーティーでも、屋敷でも見たことのない顔。
 すこしだけ、無防備で、幼さが残っている。そんな表情を浮かべている。

「……奏さんは、なぜピアニストになったんですか」

 財団の経営だけならわざわざピアニストになる必要はないはずだ。思わず聞いてから、ふと踏み込みすぎたかと思ってしまったが、奏は少し間を置いてから素直に答えてくれた。

「父が、弾いていた」
< 59 / 224 >

この作品をシェア

pagetop