アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
「奏さんは、パリは何度も来ているんですか」
「ああ。毎年来ている」
「飽きないんですか」
「……飽きない」
奏は、空の色を映した川の流れを見ながら言った。
「ここは、音があるから」
紬希は、その言葉を繰り返す。
「音が、ある?」
「街全体が、音楽を知っている」
川面に視線を落としたまま、奏は滔々と続ける。
「ここに来るたびに思う。音楽は言葉を超えるんだと」
紬希は黙ってその横顔を見ていた。
パーティーでも、屋敷でも見たことのない顔。
すこしだけ、無防備で、幼さが残っている。そんな表情を浮かべている。
「……奏さんは、なぜピアニストになったんですか」
財団の経営だけならわざわざピアニストになる必要はないはずだ。思わず聞いてから、ふと踏み込みすぎたかと思ってしまったが、奏は少し間を置いてから素直に答えてくれた。
「父が、弾いていた」