アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
* * *
午後からリハーサルが始まった。
会場はパリ郊外のコンサートホール。
紬希は関係者席の端に座ってリハーサルを見学することになった。国内のコンサートではこのような機会がなかったが、海外遠征ともなると妻が付添うことが常なのだという。何もかもが初めての体験で、緊張で身体が固まっている。
英語やフランス語が飛び交うなか、紬希は舞台の上を凝視していた。
舞台の上の奏は、パーティーでも屋敷でも見たことのない顔をしている。
――険しいというか、厳しい顔をしている気がする。
マネージャーや調律師と言葉を交わすとき以外、誰も寄せ付けない空気が漂っている。
そのうえ、鍵盤に向かうたびに周囲の空気が変わる。
日本のスタッフたちが、ホール端で小声で話しているのが聞こえた。