アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~

   * * *


 午後からリハーサルが始まった。
 会場はパリ郊外のコンサートホール。
 紬希は関係者席の端に座ってリハーサルを見学することになった。国内のコンサートではこのような機会がなかったが、海外遠征ともなると妻が付添うことが常なのだという。何もかもが初めての体験で、緊張で身体が固まっている。
 英語やフランス語が飛び交うなか、紬希は舞台の上を凝視していた。
 舞台の上の奏は、パーティーでも屋敷でも見たことのない顔をしている。

 ――険しいというか、厳しい顔をしている気がする。

 マネージャーや調律師と言葉を交わすとき以外、誰も寄せ付けない空気が漂っている。
 そのうえ、鍵盤に向かうたびに周囲の空気が変わる。
 日本のスタッフたちが、ホール端で小声で話しているのが聞こえた。
< 61 / 224 >

この作品をシェア

pagetop