アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
「……最近、先生の音、変わりましたよね」
「そうなんですよ。なんというか……柔らかいというか」
「技術は変わらないんですけど、音が違いますよね」
「何かあったんですかね」
紬希は、聞こえないふりをした。
だが、心臓が少しだけ速くなっていた。
――音が、違う?
舞台を見る。
奏が、鍵盤の上で指を動かしている。その姿は孤独で他者を寄せ付けないが、奏でる音は妙に人懐っこい。
確かに、あの夜のコンサートとも、深夜のピアノとも、少し違う気がした。
何が違うのか、うまく言葉にできないのがもどかしいが、紬希は彼の演奏を精一杯、耳に留めた。
やがてリハーサルが終わり、奏が舞台袖に引き上げてくる。彼はスタッフに囲まれて、いくつかの確認をこなしていた。
――言っていいのかな。
その様子を見ながら、紬希は小さく深呼吸した。
こちらに気づいたのか、奏が関係者席まで歩いて来る。周囲にいたスポンサー夫人が奏に秋波を送るが、彼はけんもほろろに無視し、一目散に紬希のもとへ向かってきた。