アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
『あら、そちらのお嬢さんは以前の方とは違うわね? 小さくて気づかなかったわ』
『俺の妻ですが何か?』
負け惜しみのような言葉も外国語だからか紬希は理解できずにいる。その様子を見て奏がきっぱり言い放っていた。辛うじて聞こえた”妻”という単語に紬希はぎょっとする。
『彼女は長旅で疲れている。余計なことを吹き込まないでくれ』
どうやら奏は紬希を蔑ろにしているスポンサー夫人に対して怒りを向けているらしい。言葉が理解できない紬希と異なり、彼はフランス語もペラペラである。ようやく事態がわかった紬希は大丈夫だと奏に目配せをして、その場から彼と立ち去った。
「……君は、フランス語がわからないか」
「正直、外国語は苦手です」
「そうか」
「あのご婦人は何を言っていらしたのですか?」
「……知らなくていい」
つまらなそうにそれだけ口にして、奏は楽屋の扉を開く。すでにほかの演者の姿はなく、室内は薄暗くなっていた。