アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
 荷物をまとめる奏を手伝いながら、紬希は言葉を探す。迷いながら口にしたのは、リハーサル時の演奏だった。

「あの……今日の音、少し優しかったですね」

 奏が、動きを止める。

「……何が」
「技術とか、そういうことじゃなくて。音の……温度? みたいなものが」

 言いながら、紬希は少し後悔した。
 余計なことを言ってしまったかもしれない。

「気のせいだろ」

 奏は、短くそう言って視線を逸らす。
 その耳が、わずかに赤い。

 ――気のせい、じゃない気がするけどな。

 紬希は、その横顔をそっと見つめていた。
< 64 / 224 >

この作品をシェア

pagetop