アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
* * *
楽屋で奏を待っていたとき、紬希はまだ目が潤んでいた。スタッフたちは忙しなく動いている。
紬希は隅の椅子に座って、静かに呼吸を整えていた。
――早く落ち着かなくちゃ。
だが、紬希の努力虚しく、奏が楽屋に入ってくる。
奏の視線が、一瞬だけ紬希の目元に止まった。
「……どうした」
低く、静かな声。
「なんでもないです」
紬希は首を振る。だが、声が少し湿っていた。
奏は何も言わない。スタッフの対応をこなしながら、それとなく紬希の側に移動してくる。
やがてスタッフが引き上げ、楽屋に二人だけになる。
「アンコール……なんで、あの曲にしたんですか」
紬希は、膝の上を見たままの状態で、おそるおそる聞いた。
声は、まだ上ずっている。