アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
「……予定になかった曲だったと思うので」
「気が向いた」
紬希は顔を上げて、奏を見つめる。
「父が、よく弾いていた曲なんです」
奏の表情が、わずかに動く。
「……そうか」
「父は……弟と同じ病気で、逝きました。弟が八歳のときに」
言葉が、自然に出てくる。
こんなことを話すつもりはなかったのに、あの音を聴いたからか、紬希は素直に吐き出していた。
「弟が同じ病気だと分かったとき……もう、どうしようもなくて」
奏は黙って聞いている。
「契約の話が来たとき、迷わなかったです。弟を守れるなら、何でもしようと思っていたので」
紬希は小さく笑った。自嘲するような笑みが、鏡に映る。