アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
「変ですよね。契約婚なんて」
「……変じゃない」
対する奏の声は、穏やかだった。
「家族を守るための選択だろ」
紬希は、少し驚いて奏を見る。
奏は視線を逸らして、ぼそりと呟く。
「俺には……できなかったことだ」
最後の後悔にも似た言葉は、ほとんど独り言のようだった。
――できなかった?
紬希は聞き返せなかった。
その言葉の奥に、ふれてはいけない何かがある気がして。
「夕食にしよう。予約が入っている」
やがて奏が立ち上がる。すでにいつもの声に戻っていた。
紬希も「はい」と答えて、立ち上がる。
扉に向かう奏の背中を見ながら、紬希は思う。
――でも……「できなかった」って、何のことだろう?
その問いは、胸の中に残ったまま、答えが出なかった。