アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
「音楽家だった。同じ世界にいた。だから分かり合えると思っていたんだ」
奏の声は、淡々としている。
感情を排しているような、でも、どこかに温度が残っているような。
「だが、彼女が求めていたのは俺ではなく……多賀宮の名前だったんだよな」
酒気に混じって彼のため息が紬希の前に零れ落ちていく。
「気づいたときには、取り返しがつかないところまで来て」
紬希は、何も言えなかった。
「――それ以来、感情を信じることをやめた。合理的に考えれば、傷つかずに済むから」
奏は、グラスを静かに置く。
「君との契約も、その延長だ」
その言葉は、宣言のようだった。
傷つけないため、自分自身へ厳しく言い聞かせているような……。