アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
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またある休日の午後、紬希はリビングのソファで本を読んでいた。
奏は、ピアノの前に座って練習している。
コンサートで弾くような完成された演奏ではない。ピアノを習っている人間なら誰もが知っている基礎練習曲「ハノン」である。
紬希はこの練習曲が苦手で第一部の同じ音の反復練習でお腹いっぱいになってしまったのだが、奏はまるごと一冊弾いてから楽曲の練習を始める。
同じ箇所を何度も繰り返したり、途中で止まって運指や楽譜を確認したり。カデンツやスケール、トリルに連打など高度なテクニックを交えながら、彼は淡々とピアノと対話している。
そういう、素のままの練習を、紬希は初めて聴いていた。
――練習中って……こんな顔で弾くんだ。
横目で見ると、奏は眉間にわずかに皺を寄せながら、真剣に鍵盤を見ている。
舞台の上の完璧な表情とも、屋敷で深夜に一人で弾くときとも違う。
ただ、音楽と格闘している顔だった。
――なんか、スポーツ選手みたい。