アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
その問いに、紬希は黙り込む。
自分とは釣り合わない、音楽財団を持つ資産家一族の御曹司で世界的ピアニスト。ただ、それは彼の肩書でしかない。
紬希はあえて茶化すように口をひらく。
「――厳しくて、無口で、不器用な人」
言いながら、自然と口元が緩む。
「だけど……優しい人」
「紬希さん、笑うんですね。その人の話をするとき」
蓮が、静かに言った。
紬希は彼の指摘を受けるまで自分が笑っていたことに気づいていなかった。
「……そう、かな」
「好きなんですね、その人のことが」
紬希は、慌てて首を振る。
「そんなこと……」
「紬希さん」
蓮が、真剣な瞳で紬希を見ていた。
焦げ茶色の、ふだんは人懐っこい双眸がすこしだけ大人びた顔つきになって、紬希はゾクリとする。
「本当に、あの人でよかったんですか」
その問いに、紬希は答えられない。
蓮も彼女の答えを待たずにコーヒーを口にする。
紬希のウィンナーコーヒーは、まだ熱かった。