アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
* * *
屋敷に戻ると、奏がリビングにいた。
珍しく、楽譜も書類も持たずにソファに座っている。
「遅かったな」
「……すみません、少し寄り道をして」
「病院以外に?」
彼の声は平静だった。だが、どこかささくれ立っている。
「知り合いに会って、お茶をしていました」
「知り合い?」
「弟の友人で、昔からよく知っている方です」
奏の視線が、わずかに鋭くなる。
「男か」
「……はい」
紬希の表情を見るまでもなく、奏は視線を窓の外に向けた。
「そう、か」
それだけ言って、立ち上がる。
「夕食は済ませたのか」
「まだです」
「なら食べろ」
それだけ言って、奏は部屋を出ていく。普段通りの彼だが、なぜか怒ってるようにも見え、紬希は首を傾げる。
――わけがわからない。