記憶の中のあなたと、記憶喪失のあなた

10 いつか続きを話そう

 開会式がおわって運動会のプログラムは、1年生による台風の目からはじまった。
 わたしは保健委員なので、みんなとは違ってテントの中で観戦できる。これは放送部も同様だ。わたしたちのプチ特権かもしれない。

「位置について、よーい」

 ピストルの合図とともに、一斉に生徒たちが駆けだす。
 6人1組を基本に、竹筒を運ぶリレー形式の競技だ。

「スタートしました。紅組が早いです。白組も頑張ってください」

 フィールドに点在するカラコーン。
 コーンを回って戻った走者は、待機している列の足元に、竹筒をくぐらせなければならない。その後、みんなの頭上を越す形で、竹筒は次の走者に渡る。バトンの役割もはたすのだ。

 第一走者は手前のコーンだけで構わないが、走者が増えるたびにこなさなければいけないコーンの数も増えていく。アンカーにいたっては5個のコーンを回る計算だ。

 ポイントは2つ。
 負担の大きい端の部分に、足の速い生徒を置くこと。そして、馬鹿正直にコーンを回らないことだ。

「白組、とてもうまいです。見るみる差を詰めていきます」

 支点となる役割の生徒は、カラーコーンを回る際に必ず先行する形になる。大げさに言えば270°になった時点で次のコーンを目指すことがタイムを縮めるコツだ。途中から斜めの状態で走ったほうが競技としては正しい。

 3年生によるムカデ競争の途中で、声をかけられる。

江幡(えばた)先輩、そろそろ時間じゃ……」
「ありがとう、行くね」

 後輩に席を譲って、わたしも2年の団体競技に参加する。
 大玉運びだ。
 男子と違って運ぶ距離が短いので、そこまで大変じゃない。
 おわると、いよいよ二人三脚の番になる。

「1位取れるかな?」

 冗談半分でわたしは海斗(かいと)くんに尋ねる。

「せっかくだし、目指してみようか」

 (ひも)を結んだ海斗(かいと)くんが、わたしに足の具合を確かめるように促した。

「ちょっと緩いかも」

 直そうとするわたし。
 気を利かせて、もう一度やろうとした海斗(かいと)くんの手が、わたしの腕にぶつかった。

「……ごめん。ちょっと緊張しているのかも」
「失敗してもだれも怒らないよ?」

 海斗(かいと)くんの意外な一面を知られて、わたしはなんだか得した気分だった。

「そうなんだろうけど、俺が相手でよかったって彩良(さら)さんに思ってもらいたい」
「最初から海斗(かいと)くんでうれし――」

 口が滑った。
 海斗(かいと)くんと目線が交差する。
 時が止まったかのように、わたしたちは動かなかった。
 たぶん言ったのはまずくない。それだけならまだ、ライクの意味だとごまかせた。
 ダメなのは、途中でやめてしまったこと。
 これじゃあ、どう考えたってラブの意味じゃないか。

「……」

 沈黙は周りの生徒によって破られる。

「ふざけんなよ、白組。いちゃついてんじゃねえ!」
「はっ!? いちゃついてなんかいないから」
「お前たちだけには絶対負けねえ」

 目の敵にして来る男子に、わたしがなおも言い返そうとすれば、海斗(かいと)くんが腕を引いて自分に注意を向かせた。

「今は集中しよう」
「あ、うん……。ごめん」

 海斗(かいと)くんとの温度差に、わたしは勝手に落ちこみそうになった。だけれど、会話はそこでおわらなかったんだ。

「あとで続きを聞かせてもらえる?」

 わたしが返事をするよりも早く、スターターの合図が響く。
 慌ててわたしも走り出す。
 練習していたので転ぶ心配はない。だが、はやる気持ちがほんの少しだけ歩幅を広げている気がした。

()()、落ちついて」

 心臓が跳ねる。
 まさか狙っていたわけじゃないだろう。
 それでもわたしの意識は、目の前の二人三脚じゃなくて海斗(かいと)くんだけに向いた。
 ドクンドクン……。
 かえって冷静さを取り戻した体は、わたしの心とは反対に順調に足を進める。

「白、白、紅、紅、紅、白の順でゴールしました」

 一着でこそなかったが、なんてことはない。わたしたちが二着だ。トップの組が、遠慮なく陸上部のペアだったことを思えば、実質的にはわたしたちが一番だろう。

「惜しかったね」

 海斗(かいと)くんが悔しそうに笑っていたが、わたしは満足だった。からかって来た相手は四着。ぎゃふんと言わせることも、これでできただろう。

「やっぱり……相手が海斗(かいと)くんで……よかったよ」

 息を切らしながら応える。
 目を丸くした海斗(かいと)くんは、照れ臭そうに頬をかいていた。
 選抜メンバーによる綱引きをこなしたら、午前のフィナーレを飾るのは部活動対抗リレーだ。卓球部は海斗(かいと)くん以外に足の速い人がいなかったため、ほとんど独壇場だった。

「マジかよ、海斗(かいと)! ごぼう抜きじゃん!」

 なんの役にも立たないとわかっていても、足の速い人をカッコいいと思うことは、止められそうになかった。
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