記憶の中のあなたと、記憶喪失のあなた

9 だれも知らない海斗くん

 梅雨(つゆ)がはじまった。
 運動会は雨天中止だ。例年、何回か延期するんだけれど、今年はスムーズに催される見込みだった。

 教室も大層(にぎ)わっている。
 クラブ活動は制限中だ。
 応援合戦の練習など、本格的に運動会への準備に向けた調整がスタートしている。

「ちょっとみんな張り切りすぎじゃない? うっちゃんもそう思うでしょう?」
「まあ、いいんじゃない」
「この裏切者め」

 じゃれつく友達から距離を置いて、わたしはクラスの中を見渡した。
 波中(なみちゅう)は学年ごとの学級数が必ず偶数になるので、クラスごとに紅白が決まる。教室内で白組と紅組に分かれることはない。

 午後の授業は免除。
 すべての時間がクオリティーの上昇に費やされる。

「女子! 全員で演舞をやるよ。体育館に集合!」

 上級生が迎えに来る。
 通しの練習だった。
 白と青のポンポンはすでに(そろ)えてあるので、それも用いる。本番と同じように、3年生はブレザーを身にまとっていた。

「じゃあ、男子の応援が終わったところからね」

 振り向いた上級生がわたしたちに指示を出し、それ以外の団員は配置についた。
 一拍の沈黙。
 団長の声が体育館全体を震わした。

「引き続き、白組の応援を行う! 三三七拍子」

 定番のリズムだ。
 タイミングに合わせて、ポンポンを体ごと動かしていく。
 これはまだいい。
 ついていける。
 問題なのは、この次だ。
 一木(いつき)小学校にはない独特のリズム。別の学校の生徒も苦戦しているので、たぶん波中(なみちゅう)限定の応援だろう。

 去年もやったはずだが、思い出すのに苦労した。

「七七十三拍子」

 当然の顔をして入って来る裏拍に、体はついて来ない。

「1年、遅れているよ!」

 自分のことじゃないとわかっていても、叱られている気分だった。
 最後に3年生が単独で舞を奉納したら、応援は終了だ。

「七七が全然ダメだね」
「2年にも、ちらほらできていない子がいる」
「クラスごとに分けてまた練習させようか」

 団員たちの会話にわたしは閉口したが、隣の友達のほうが悲惨だった。

「私これ無理なんだけど。リズム感ない人にやらせるムービングじゃないじゃん。来年は私たちが団員になるんでしょう? 今から憂鬱で吐きそう。泣こうかな?」

「……。裏方として美術をやれば、応援団にならなくて済むよ」
「うっちゃん、女が全員絵を描けると思うなよな。ホント嫌いだった、小学校での男女分け。女子だからって、手先が器用な人のやることを任されるんだもん。男子に混じってパイプ椅子を運んだほうが、絶対マシ」

 慰めるつもりが、うっかり友人の闇の部分を引き出してしまったわたしは、慌てて彼女をたしなめるのだった。

 キーンコーンカーンコーン。

「一旦、解散」

 HRが残っているため、作業はここで一時中断だ。
 クラスに戻ってみると、すでに男子が着席して待っている。担任の先生はまだなので、わたしたちが遅れているわけじゃない。

 行事をちゃんと楽しんでいるのか不安だったが、充実した様子の海斗(かいと)くんが見られて、わたしは安心した。

「男子のほうは順調そうだね」
「みんなが結構、助けてくれるからさ」

 笑って海斗(かいと)くんはクラスメイトを見渡す。

「だって、仲間じゃん」

 わたしの一言に、海斗(かいと)くんは笑った。

「どうかな。求められている御園生(みそのう)海斗(かいと)ではないんじゃないかな」

 深刻な表情じゃなかったので、わたしはスルーしてしまった。
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