天使か悪魔かそれとも魔女か~負の魂集う墓標のラビリンス~
湖の光るラビリンス 後編
──同じ頃、似たような謎解きに難儀し、辟易している子がいた。
別の部屋で、散らかした本の中に埋もれており、読んでいたものを投げ捨てると同時に、寝そべっていた身を起こす。
「はぁー、だっる……。嫌になるわあ」
あいつもどっかいったし。と思う相手は、ここで偶然一緒になった子で、謎解きに失敗して、どこか違う場所へと飛ばされた。
自分の代わりにだ。
無知なことにつけ込み、試しにやらせてみたら、そうなったわけだが、嵌められたことには違いない。
(ここにも多分、あるんでしょうね……。面倒な。しかも今度はもっと難解な迷路って何よ。嫌がらせにもほどがあんでしょーが)
その際に声を聞かせてくれた相手の姿を想像し、怒りを募らせる。
上を睨みつけてもいた。
(見つけしだい即効あの世まで送り返してあげるから。クソじじい‼)
その子のいる場へと行く為の攻略の鍵は、いまは床の上。
棚から抜き取られ、放り捨てられており、同じようにされて積み上がった、本の山の中だ。
「マジふざけやがって……。んなのわかるわけねーだろっ! 読めるようにしとけや!」
「ね? 最初の一文が、全部の本祈りの言葉から始まってるだなんてね。意外とまだ神への信仰を捨てていなかったり?」
「知らねーよ。面倒なことしやがるクソ野郎ってことしか俺にはわからねーよ」
「アハハ……、まあそうだよね。でもヴァンパイアがいてくれてよかったよね。多分読めたって、わたしは共通点があるだなんて思わなかったろうし」
ハン、と鼻で笑うみたく返してくるゴルのそれは、同意にも思えるが。
いや、恐らく自身と違って気付いたはずだ。
そう思うのと同時に改めて、レトリは心の内で感謝する。
ヴァンパイアが手を貸してくれていることに。
言葉にした通りの助言が、あの後あって、いまは目当ての一冊を探す。
「あっ!」
と思わず声を上げる。視線の先には、禍々しい見た目の一冊。
「多分これだよこれ‼ あった、悪魔の本‼」
足元から抜き取って、ゴルと一緒にその本の表紙を確認する。
傍にはその対となる存在が描かれた本があり、見比べれば、まさに一目瞭然だ。
闇と光に映る。
「よしよし、でかした! 頭を撫でてやる」
「えぇ、犬みたいにわしゃわしゃにされそうだから、遠慮しとく」
「冗談だよ。いいから読んでもらえ」
オッケーと答え、レトリはペンダントの下で本を開く。ページも捲っていった。
無論、ヴァンパイアに読んで貰う為にだ。
頭の中で、どんなことが書かれているかも尋ねる。
──『全部読まないことにはね。もうちょっと早く捲っていってくれる? 最後まで』
言われた通りにやった。
すると途中から文字のない白紙となっており、不思議に思いつつも、ぱらぱらと捲ったあとに手を止めると、突然大きな文字が浮かび上がってくる。
──『この本を持って、星の下で祈れですって。ビンゴみたいよ?』
思わず声を上げた。
「ゴ、ゴルくん‼ これで合ってるって‼ この本を持って、星の下で祈れって」
「まあ、文字は読めなくても、今のを見りゃあな。星に関わる本がないって聞かされた時は、正直焦ったが」
「他に祈るものって言ったら、普通は神だもんね! でも多分それ引っかけで」
「ああ、悪魔に魂を売った連中だからな。それだけは絶対ないと言い切れる」
「でもわたしとしては、それでもまだ神への信仰を捨てないでいて欲しかったかな。悪魔に救いを求めるだなんて、やっぱり変だよ」
「だが今のを見たろ。ハズレなら、他の本と同じく何もないはずだ。試しにそっちの方も開いてみるか? どう見たって表紙にうつってんのは、悪戯の神だがな。もうそこからして胡散くせぇ」
ゴルは、足元から手に取ったそれを開き、ページを捲っていってはいたが。
悪魔の本と同じようなことは起きずに閉じる。
「ほれみろ。思った通りだ」
お前も見るかとその本が回ってきて、頭の中で尋ねた。
(──どう?)
何かあるといった回答はこず。
「べつに何もだってさ。他の本と一緒ってことかな?」
「しかないだろ。うし、なら試してみるか」
ゴルに手を差し出され、レトリは悪魔の本の方を手渡すが。
本当に大丈夫なのか、という不安はある。
──『任せておいたら。何があるかもわからないし』
「えぇ!? 何かあるの!?」
「どうした」
「今ヴァンパイアから、何があるかわからないから、ゴルくんに任せた方がいいみたいに言われて」
「なるほど。それでいいんじゃないか」
「よくはないじゃん。なんだか生贄にするみたいになるし。それなら一緒にやった方が。そっちの方が平等? というか──」
「馬鹿言うな。一緒だと何かあった時、二人共駄目になるだろうが。片方が無事なら、片方を救い出すことだってできる。実に合理的な判断に俺は思うぞ」
「でもそれなら、ヴァンパイアの力を借りられるわたしがやった方が」
「んなダセェ真似できっか」
「ださい?」
「俺に任せとけって言ってんだよ。いいからお前はそこで大人しくしとけ」
レトリに背中を向け、本を持つ手をひらひらと振って、軽い調子でそう言って見せていたゴルだったが──その後に人知れず拳を握る。
(二度と女の背中に隠れるような真似、できっかよ)
頭に思い浮かべるのは、今は亡き姉の姿だ。
しかしまだ、囚われの身とはなっているはず。
(待ってろよ。もうすぐ俺が──)
ここは、そういう場なのだ。
輪廻の輪へと戻る為には、この牢獄から魂を解き放ってやらねば。
(全員纏めて連れ戻してやっから──‼)
魂の解放者の役目は、負の魂を解き放つだけでなく、散っていった魂の救済も含まれる。
言われた通りに星の下、天球儀の真下まで足を運ぶ。
本を胸に抱えて目を閉じる。
祈りを捧げた。
突然、しわがれた声が、天から降ってくる。
──『星の主を悪魔と思うか。痴れ者めが』
足元が赤く光る。
血で描かれたような赤い魔法陣がそこに浮いており、目の前の光景が一瞬で移り変わった。
壁に描かれた無数の目。
ここはどこか。さっきの声は一体────。
傍で見ていたレトリも、その予期せぬ事態に動転しており、慌ててその場まで駆けだす。
もう何も残ってはいなかった。
胸に抱いていた悪魔の本すら。
これでは同じ方法で追いかけることもできず。
どうしよう、とそればかりが頭に浮いてくる。
息が上がってきた。胸を押さえる。不安が的中した形だ。
「は、は──は──」
落ち着け、落ち着けと、頭の中で何度も念じる。
こんな状態では、碌に思考も回らない。
無事でいて欲しいが。
たった一人残されたという恐怖にも襲われており、深呼吸をしてどうにかそれも抑え込もうとするが。今は中々難しい。
──『レトリ。私がいる』
ハっとして目を開けた。
そうだった。一人なんかではない。頼もしい仲間がまだいる。
「ごめんね。なんかもうわたしすごいパニクっちゃってて。お願いヴァンパイア、教えて。どうやったらゴルくん助け出せるかな。今のって、正解なんかじゃないよね?」
──『ええ、罠に掛かったようね。だからあなたがボスを倒せばいい。そうすれば二階はただの部屋に戻る』
「あ──そっか。前も確かそうだったもんね! それしかないよ」
指針が決まれば、行動は早い。
神の本を手に取って、祈りにいった。
(主神じゃないけど、星の主ではあるわけだし多分これで。待ってて、ゴルくん。ボスはわたしが倒して、絶対救い出してみせるから──‼)
誰か助けてくれーと、その時ゴルも丁度思ってはいた。
窮地に陥っていたからとかではなく、妙な子と出会ったせいでだ。
(んだよ、こいつ。キショすぎんだろ……、でけぇし)
目が合うなり駆けてきて、いまは傍ですんすん匂いを嗅がれて動けずにいる。
どこの森から出て来たんだと、そう思わずにはいられない。
犬っぷりがすごいが、尻尾振り回して可愛げのあるどこぞの小型犬とは迫力からして違う。
上背があって、頭にわしゃわしゃとした立派な毛まで蓄えていれば、映る姿は狼だ。
「オマエ、オレの森からラビリンスを消してくれたヤツだろ?」
「ああ?」
「オレ、ファング。ありがとうな」
名まで狼っぽい。体を表すみたいな奴だなと思いつつ、差し出してきた手を一瞬の逡巡の後に握り返すゴルではあったが。
決してその目は、友好的なものなどではない。
値踏みの目を向ける。頭の上を見ていた。
「ゴルだ。フルネームで呼ぶ奴いねぇしな。小鬼の面を乗せてるってことは、お前の相方はゴブリンか」
「オマエも賢いんだな。それにいい名前だ。強そうだ」
「そいつはどうも。んなこと言われたのは初めてだな」
「ビーティが言ってた。賢い人間ならオレがゴブリンと友達ってすぐわかるって」
「へぇ、そのビーティってのは、お前のツレか?」
「そうなんだ。もうすぐ夫婦になる。メスなんだ。違う、人間だと女の子か。だからオレの嫁にするって決めた」
理解不能なことを言われたが、些事に過ぎず、今は無視。
「なるほど。で、お前がここにいる理由は、俺と一緒な感じか?」
「よくわからないんだ。この本を持ってあの星の下で祈ってみてって言われて、そうしたらなんか一人になって、ここどこだ?」
と言った直後、うるさいぞ、と急にペンダントに向かってファングは声を荒らげ。
ゴルの眉は寄る。
「お前もモンスターと話せる口だったりすんのかよ」
「話せる口? 口は話すものだろう?」
「──あー、面白いこという奴だな。確かにそれはそうだ。聞き方が悪かった」
「何か悪いことオレに聞いたのか?」
「違う。聞け。お前もモンスターと話せるのか。俺はそれが知りたい」
「ああ。話せるぞ。あの女はやめておけって、うるさいんだ。オマエのことなんか目に入ってない。いいように使われてるだけだって。使えばいいとオレは思うし、なんでゴブリンはこんなにオレに言うんだ? 変だ」
知らねーよタコが、とまで思ってしまうが、口にまで出すことはない。
機嫌を損ねれば、却って損をするだけだ。
今は強力することが不可欠。
見た所、ここは完全に閉じられた場であり、また謎解きが必要となるのだろう。
今度の部屋に本は一切なく、唯一の手掛かりといったら、壁の目。
無数に描かれたそれのみだ。
突破するのにどれほど時間を要することになるか、見当もつかない。
(抜け穴探しの名手、悪戯好きな妖精使ってる奴がいるってこたぁ、ここでも絡め手みたいのは無理そうか。さて、こうなっちまったからには、最悪目の前のオオカミ野郎の将来の嫁に期待、てことになるかぁ? あいつは経験足りてねぇしな……)
そのレトリはというと、上から降ってきた光の階段を既に上り終え、天球儀に触れた先で、もうその子と会っていた。
目が合うと手を振られ、傍にも寄ってくる。
「初めまして。私はビーティ。ビーティ・ノーブルよ。美しく、高貴という意味の名なの。よろしくね」
すっごい名前!?と驚いている間に握手を求められ、反射的にその手を取る。
「わ、わたし、レトリっ」
思わず声が上擦った。
名に恥じぬ見た目なのだ。
浮世離れしたその顔立ちも然ることながら、透き通った肌に、しなやかに波打つ長い髪。
見ているだけで、吐息がもれ、その美しさに目を奪われる。
「そんなに緊張しないでも。まあ無理もないとは思うけど」
フッ、私も罪な女ね。と、ドヤる様子で思ったより気さくな子には思う。
仲良くなるのも早かった。
「それでね、ここに一緒に来たゴルくんがどこかへいっちゃって……」
「あー、そっちもあれにね。あれ引っかかるわよねぇー」
「だよねだよね、絶対引っかけようとしてあんなことしてたよね。でもやっぱり無理にでもわたしがやった方がって。今になって後悔もしてて……」
「しゃーなしってやつと思うけど。後悔しても致し方なし。今は進めよ、進むべしって」
「ビーティちゃんは強いね……」
「頼れる相手がいなかっただけ。私は何もかも自分の力で勝ち取るしかなかった。それが生き方ね」
「へへ」
「今の笑うとこ?」
「ビーティちゃんの話聞いてたら、わたしも頑張らなきゃって!」
「元気でたか」
「でたでた! やる気でた!」
よーし、やるぞと身に喝を入れ、持ち直したところで、この部屋のことを聞き、攻略にも取り掛かる。
それでまた、ひたすら本を読むことになったわけだが。
独りでに動く人形達がこの部屋には沢山おり、次々に持ってきてくれて、便利だ。
また一冊手渡される。
「ありがと」
頭を撫でてあげようとしたら、バっと両手を向けられ、思わず手を止める。
「可愛いー♡ 撫でられるの嫌なんだ?」
「爆発するから止めたのよ」
「うぇ!?」
ニヤっとしてくるビーティを見て、察す。
この人形達の主が誰なのかを。
どんなモンスターを使っているのかも尋ねたくなるが。
(聞いたらわたしのも言わないと駄目だし。それはできないから──)
人知れず溜息落として、断念。
──『もう魔法で全部燃やしちゃわない? できるから。ねぇ?』
その時突然、ヴァンパイアからそんなことを言われ、レトリはページを捲る手を止めた。
この作業を面倒に思ってのことというのはわかるが、果たしてそんなことが可能なのか。
──『できると、そう言わなかった』
頭の中で口にしてしまっていたか、怒らせてしまった様子。
(ごめんごめん、信じてないわけじゃないんだけど)
確かに今度の部屋の仕掛けは、より難解で複雑。
それができたなら手っ取り早い。
何せ迷路の中で度々クイズを出され、間違えたなら、最初から。
魔法陣が浮いて中にいる者は全て入り口の所まで戻され、再び入ると出題される問題も変わるのだと。
力業での突破もビーティは試したそうで、どこからともなく現れる振り子刃に襲われるとのこと。
『あれエグすぎ、グロすぎ。もうちょっとで私半分よ? 針で縫っても継ぎ目ができるとこだった。美しさと高貴さのどっちが残ることになったかは、気になるとこではあったけど』
茶化して言っていたが、その危険性は十二分に伝わってきた。
しかも随分頑丈だったようで、迷路を形作る本棚にはひびの一つも入らなかったと。
(──ビーティちゃん巻き込まない? 失敗する可能性だってあるにはあるじゃん)
ない、との自信たっぷりの返答がくる。
わかったと一言返し、レトリは本を置く。
下ろしていた腰を上げ、迷路の前に向かう。構えた。意識を集中。
前のとは違う言葉が浮いてくる。
「無へと消えろ。魂まで焼き焦がす深淵の火‼ “悪神の業火”」
水晶の色が黒く変わって、光が上がると同時、黒炎が先から迸って、走る。
「うわわあっ!?」
思った以上に火の勢いが凄い。
瞬く間に迷路を包み込み、呑み込んで、焼き払う。
気付けば何もない部屋へと様変わりしており、視線の先には上り階段が映る。
「ちょちょ、ちょっと! レトリ! あんた何した!」
横に来たビーティに肩を掴まれるが、呆気に取られた顔を向けることしかできない。
自身、今の状況に理解が追い付いておらず、ありのままを言う。
「迷路、燃やしちゃった……」
「はああっ!?」
信じられない、とばかりに顔をゆらゆらと揺らしたあと、ビーティは大きく両手を広げて見せた。肩をすくめていた。
「迷路って燃やして突破できるものだったのね。驚きすぎて心臓が口から飛び出るかと思った。びっくら仰天、ウッフッフーッ‼ 何あのヤバそうな火‼」
「まあ、結果オーライということで」
曖昧に笑って返すと、背中をパシンとはたかれる。
「いやレトリ、あんたほんと何者よ。只者じゃないってことは見た目でわかってたけど、まさか私と同じだったりする? 聞いてこないから私も言ってなかったけど」
「何が?」
「どんなモンスター使ってるか。私の場合は違うけど。普通は気になると思うんだけど」
「あー、わたし言っちゃ駄目みたいに言われてて。聞いたら話さないとだし」
「私達もう友達でしょ? 隠しっこなし」
「……ヴァンパイア、だとは思うんだけど、かなり珍しい子みたいで。特殊個体なんだよね? ヴァンパイア。教えてよ」
少し間があって、さあ、とくる。
「なんか秘密っぽい。実はわたし話すことができて」
「あの野生児と一緒なわけ」
「うそ、わたし以外にもいるんだ……」
「いる。世の中広いものよ。って言っても私もそんな人間がいるってことを知ったのは、ここに来てからなわけだけど。でなきゃ相当驚いてたと思う」
「そっか。そうだよね。いるものだよね。ゴルくんにはそんな人間お前だけとか、寝言は寝て言えみたいに初めて話した時言われたけど、やっぱりいるんじゃん。嘘つき」
「早くその愛しのゴルくん救ってあげないとねー」
「違うよ。そんなんじゃないんだって」
「またまたあー。実は、逆に、みたいな」
にやにやした顔を睨むと、すっと向こうへ目を逸らされる。
「んじゃま、行きましょうか。ずっと座ってたから、体凝ってんのよねー」
そのまま体の向きも前に変え、ビーティは階段に向かって歩き出す。
すぐさま追いかけ、隣に並ぶ。
「私の方も話しておくか。でないと公平でないし。愚門とは思うけど、白き翼の聖女セラを知ってる?」
「モチのモチ。わたしが超えようとしてる人だから」
「へぇ、でも相手は、現状唯一無二のこの私の核を持ち帰った人間よ。頑張んなさい」
「ビーティもやっぱり珍しい核持ってるんだ? あ、ごめん、急に呼び捨て」
「私もう呼び捨てにしてるんだけど」
「あ、そっか。ならいっか」
「とはならんかも、しれんな。フッ」
「なるって。なるなる。それでどんな核? 唯一無二なんだよね?」
「だから現状ね。私が持ってるのは人形使いの核」
「人形使い? パペットみたいなモンスター?」
「ボス。モンスターとは一線を画す者よ」
思わずレトリは足を止めた。
ビーティも足を止め、振り返ってきて、歩みを戻して、言った。
「ボ、ボス核なの!? でもあれって、壊さないとラビリンスが消えないんじゃ」
「だから、それができた人間の話を先にしたでしょーが」
「ああ‼ 白き翼の聖女セラ‼」
「そ。つまりは聖遺物。白き翼の聖女セラの遺品なのよ。激レア品ってわけ」
ほぁー、と驚きの溜息をこぼさずにはいられない。
「世の中ほんと広いね? いまほんとにそう思って。ヤバヤバー……」
「言い方おもろ。やばやばーって」
「いやいや、何も笑えないって!」
「それはそう。自分の核もそうかもしれないわけなんだからね」
「わたし?」
「以外にいる?」
「ええっ!?」
「何驚いてんの。モンスター如きにあんな真似できてたまるか。レトリ、あんたの核も多分そう。ボス核。でも入手経路は、わりと普通そうか──」
何やら考え込み始めたビーティを尻目に、本当にそうなのか、とレトリは何度も頭の中でヴァンパイアに呼びかけてみるが。
「あーもう! 何で返事してこないの! 聞こえてるはずなのに!」
「内緒にしたかったとか? そんなことよりレトリ、私は今、深刻なことを申告したい」
「うん? 何?」
「疲れた。もう一歩も歩きたくない。無理、へろへろ」
「なんでっ!?」
まだ階段にも着いていないというのに。
見た目通りのお嬢様らしく、背中を差し出すと覆いかぶさってきて、そのまま上まで運んでいく。
「ごめん。ずっと箱に詰められてた人形姫で」
「人形姫? まあわたし体力あるし。男の子一人担いで、ラビリンス丸ごと走り抜けたこともあるし」
「レトリがいてくれてよかった。キスしたい♡ 愛してる」
「きもいきもい! やめろ! したら下ろすからな!」
階段駆け上がって、目にしたのは、その全てが金色に輝くド派手な通路のような場だ。
華美などという言葉では言い表せないほどの豪華さだが、成金な感じもなく、所々に浮く青い装飾と不思議な紋様が神秘的な雰囲気を醸し出す。
今度は明るく、見通しもよい。
「あれ、門番かな?」
一般的には、三階がラビリンスの最奥。
奥の扉の前、何かいる。
そこだけ黒が浮いており、よくわかった。
「ええ。厄介な。殺戮兵器のモンスターかい」
「殺りく兵器!?」
「その昔、魔導文明の頃のそれを模して魔王が造ったとかうんたらかんたら。多分よ。なんでそんなモンスターに人の魂が変わるんだとかもなしね。私も知らないから」
ブゥン、ブゥンという不気味な音を立て、首を左右に振って、そのモンスターは体の前にある扇状の影を動かす。
くしゅん、とその時くしゃみをしたのは、その場にいないゴルであり、噂でもされたかと鼻を擦る。
別の部屋で、散らかした本の中に埋もれており、読んでいたものを投げ捨てると同時に、寝そべっていた身を起こす。
「はぁー、だっる……。嫌になるわあ」
あいつもどっかいったし。と思う相手は、ここで偶然一緒になった子で、謎解きに失敗して、どこか違う場所へと飛ばされた。
自分の代わりにだ。
無知なことにつけ込み、試しにやらせてみたら、そうなったわけだが、嵌められたことには違いない。
(ここにも多分、あるんでしょうね……。面倒な。しかも今度はもっと難解な迷路って何よ。嫌がらせにもほどがあんでしょーが)
その際に声を聞かせてくれた相手の姿を想像し、怒りを募らせる。
上を睨みつけてもいた。
(見つけしだい即効あの世まで送り返してあげるから。クソじじい‼)
その子のいる場へと行く為の攻略の鍵は、いまは床の上。
棚から抜き取られ、放り捨てられており、同じようにされて積み上がった、本の山の中だ。
「マジふざけやがって……。んなのわかるわけねーだろっ! 読めるようにしとけや!」
「ね? 最初の一文が、全部の本祈りの言葉から始まってるだなんてね。意外とまだ神への信仰を捨てていなかったり?」
「知らねーよ。面倒なことしやがるクソ野郎ってことしか俺にはわからねーよ」
「アハハ……、まあそうだよね。でもヴァンパイアがいてくれてよかったよね。多分読めたって、わたしは共通点があるだなんて思わなかったろうし」
ハン、と鼻で笑うみたく返してくるゴルのそれは、同意にも思えるが。
いや、恐らく自身と違って気付いたはずだ。
そう思うのと同時に改めて、レトリは心の内で感謝する。
ヴァンパイアが手を貸してくれていることに。
言葉にした通りの助言が、あの後あって、いまは目当ての一冊を探す。
「あっ!」
と思わず声を上げる。視線の先には、禍々しい見た目の一冊。
「多分これだよこれ‼ あった、悪魔の本‼」
足元から抜き取って、ゴルと一緒にその本の表紙を確認する。
傍にはその対となる存在が描かれた本があり、見比べれば、まさに一目瞭然だ。
闇と光に映る。
「よしよし、でかした! 頭を撫でてやる」
「えぇ、犬みたいにわしゃわしゃにされそうだから、遠慮しとく」
「冗談だよ。いいから読んでもらえ」
オッケーと答え、レトリはペンダントの下で本を開く。ページも捲っていった。
無論、ヴァンパイアに読んで貰う為にだ。
頭の中で、どんなことが書かれているかも尋ねる。
──『全部読まないことにはね。もうちょっと早く捲っていってくれる? 最後まで』
言われた通りにやった。
すると途中から文字のない白紙となっており、不思議に思いつつも、ぱらぱらと捲ったあとに手を止めると、突然大きな文字が浮かび上がってくる。
──『この本を持って、星の下で祈れですって。ビンゴみたいよ?』
思わず声を上げた。
「ゴ、ゴルくん‼ これで合ってるって‼ この本を持って、星の下で祈れって」
「まあ、文字は読めなくても、今のを見りゃあな。星に関わる本がないって聞かされた時は、正直焦ったが」
「他に祈るものって言ったら、普通は神だもんね! でも多分それ引っかけで」
「ああ、悪魔に魂を売った連中だからな。それだけは絶対ないと言い切れる」
「でもわたしとしては、それでもまだ神への信仰を捨てないでいて欲しかったかな。悪魔に救いを求めるだなんて、やっぱり変だよ」
「だが今のを見たろ。ハズレなら、他の本と同じく何もないはずだ。試しにそっちの方も開いてみるか? どう見たって表紙にうつってんのは、悪戯の神だがな。もうそこからして胡散くせぇ」
ゴルは、足元から手に取ったそれを開き、ページを捲っていってはいたが。
悪魔の本と同じようなことは起きずに閉じる。
「ほれみろ。思った通りだ」
お前も見るかとその本が回ってきて、頭の中で尋ねた。
(──どう?)
何かあるといった回答はこず。
「べつに何もだってさ。他の本と一緒ってことかな?」
「しかないだろ。うし、なら試してみるか」
ゴルに手を差し出され、レトリは悪魔の本の方を手渡すが。
本当に大丈夫なのか、という不安はある。
──『任せておいたら。何があるかもわからないし』
「えぇ!? 何かあるの!?」
「どうした」
「今ヴァンパイアから、何があるかわからないから、ゴルくんに任せた方がいいみたいに言われて」
「なるほど。それでいいんじゃないか」
「よくはないじゃん。なんだか生贄にするみたいになるし。それなら一緒にやった方が。そっちの方が平等? というか──」
「馬鹿言うな。一緒だと何かあった時、二人共駄目になるだろうが。片方が無事なら、片方を救い出すことだってできる。実に合理的な判断に俺は思うぞ」
「でもそれなら、ヴァンパイアの力を借りられるわたしがやった方が」
「んなダセェ真似できっか」
「ださい?」
「俺に任せとけって言ってんだよ。いいからお前はそこで大人しくしとけ」
レトリに背中を向け、本を持つ手をひらひらと振って、軽い調子でそう言って見せていたゴルだったが──その後に人知れず拳を握る。
(二度と女の背中に隠れるような真似、できっかよ)
頭に思い浮かべるのは、今は亡き姉の姿だ。
しかしまだ、囚われの身とはなっているはず。
(待ってろよ。もうすぐ俺が──)
ここは、そういう場なのだ。
輪廻の輪へと戻る為には、この牢獄から魂を解き放ってやらねば。
(全員纏めて連れ戻してやっから──‼)
魂の解放者の役目は、負の魂を解き放つだけでなく、散っていった魂の救済も含まれる。
言われた通りに星の下、天球儀の真下まで足を運ぶ。
本を胸に抱えて目を閉じる。
祈りを捧げた。
突然、しわがれた声が、天から降ってくる。
──『星の主を悪魔と思うか。痴れ者めが』
足元が赤く光る。
血で描かれたような赤い魔法陣がそこに浮いており、目の前の光景が一瞬で移り変わった。
壁に描かれた無数の目。
ここはどこか。さっきの声は一体────。
傍で見ていたレトリも、その予期せぬ事態に動転しており、慌ててその場まで駆けだす。
もう何も残ってはいなかった。
胸に抱いていた悪魔の本すら。
これでは同じ方法で追いかけることもできず。
どうしよう、とそればかりが頭に浮いてくる。
息が上がってきた。胸を押さえる。不安が的中した形だ。
「は、は──は──」
落ち着け、落ち着けと、頭の中で何度も念じる。
こんな状態では、碌に思考も回らない。
無事でいて欲しいが。
たった一人残されたという恐怖にも襲われており、深呼吸をしてどうにかそれも抑え込もうとするが。今は中々難しい。
──『レトリ。私がいる』
ハっとして目を開けた。
そうだった。一人なんかではない。頼もしい仲間がまだいる。
「ごめんね。なんかもうわたしすごいパニクっちゃってて。お願いヴァンパイア、教えて。どうやったらゴルくん助け出せるかな。今のって、正解なんかじゃないよね?」
──『ええ、罠に掛かったようね。だからあなたがボスを倒せばいい。そうすれば二階はただの部屋に戻る』
「あ──そっか。前も確かそうだったもんね! それしかないよ」
指針が決まれば、行動は早い。
神の本を手に取って、祈りにいった。
(主神じゃないけど、星の主ではあるわけだし多分これで。待ってて、ゴルくん。ボスはわたしが倒して、絶対救い出してみせるから──‼)
誰か助けてくれーと、その時ゴルも丁度思ってはいた。
窮地に陥っていたからとかではなく、妙な子と出会ったせいでだ。
(んだよ、こいつ。キショすぎんだろ……、でけぇし)
目が合うなり駆けてきて、いまは傍ですんすん匂いを嗅がれて動けずにいる。
どこの森から出て来たんだと、そう思わずにはいられない。
犬っぷりがすごいが、尻尾振り回して可愛げのあるどこぞの小型犬とは迫力からして違う。
上背があって、頭にわしゃわしゃとした立派な毛まで蓄えていれば、映る姿は狼だ。
「オマエ、オレの森からラビリンスを消してくれたヤツだろ?」
「ああ?」
「オレ、ファング。ありがとうな」
名まで狼っぽい。体を表すみたいな奴だなと思いつつ、差し出してきた手を一瞬の逡巡の後に握り返すゴルではあったが。
決してその目は、友好的なものなどではない。
値踏みの目を向ける。頭の上を見ていた。
「ゴルだ。フルネームで呼ぶ奴いねぇしな。小鬼の面を乗せてるってことは、お前の相方はゴブリンか」
「オマエも賢いんだな。それにいい名前だ。強そうだ」
「そいつはどうも。んなこと言われたのは初めてだな」
「ビーティが言ってた。賢い人間ならオレがゴブリンと友達ってすぐわかるって」
「へぇ、そのビーティってのは、お前のツレか?」
「そうなんだ。もうすぐ夫婦になる。メスなんだ。違う、人間だと女の子か。だからオレの嫁にするって決めた」
理解不能なことを言われたが、些事に過ぎず、今は無視。
「なるほど。で、お前がここにいる理由は、俺と一緒な感じか?」
「よくわからないんだ。この本を持ってあの星の下で祈ってみてって言われて、そうしたらなんか一人になって、ここどこだ?」
と言った直後、うるさいぞ、と急にペンダントに向かってファングは声を荒らげ。
ゴルの眉は寄る。
「お前もモンスターと話せる口だったりすんのかよ」
「話せる口? 口は話すものだろう?」
「──あー、面白いこという奴だな。確かにそれはそうだ。聞き方が悪かった」
「何か悪いことオレに聞いたのか?」
「違う。聞け。お前もモンスターと話せるのか。俺はそれが知りたい」
「ああ。話せるぞ。あの女はやめておけって、うるさいんだ。オマエのことなんか目に入ってない。いいように使われてるだけだって。使えばいいとオレは思うし、なんでゴブリンはこんなにオレに言うんだ? 変だ」
知らねーよタコが、とまで思ってしまうが、口にまで出すことはない。
機嫌を損ねれば、却って損をするだけだ。
今は強力することが不可欠。
見た所、ここは完全に閉じられた場であり、また謎解きが必要となるのだろう。
今度の部屋に本は一切なく、唯一の手掛かりといったら、壁の目。
無数に描かれたそれのみだ。
突破するのにどれほど時間を要することになるか、見当もつかない。
(抜け穴探しの名手、悪戯好きな妖精使ってる奴がいるってこたぁ、ここでも絡め手みたいのは無理そうか。さて、こうなっちまったからには、最悪目の前のオオカミ野郎の将来の嫁に期待、てことになるかぁ? あいつは経験足りてねぇしな……)
そのレトリはというと、上から降ってきた光の階段を既に上り終え、天球儀に触れた先で、もうその子と会っていた。
目が合うと手を振られ、傍にも寄ってくる。
「初めまして。私はビーティ。ビーティ・ノーブルよ。美しく、高貴という意味の名なの。よろしくね」
すっごい名前!?と驚いている間に握手を求められ、反射的にその手を取る。
「わ、わたし、レトリっ」
思わず声が上擦った。
名に恥じぬ見た目なのだ。
浮世離れしたその顔立ちも然ることながら、透き通った肌に、しなやかに波打つ長い髪。
見ているだけで、吐息がもれ、その美しさに目を奪われる。
「そんなに緊張しないでも。まあ無理もないとは思うけど」
フッ、私も罪な女ね。と、ドヤる様子で思ったより気さくな子には思う。
仲良くなるのも早かった。
「それでね、ここに一緒に来たゴルくんがどこかへいっちゃって……」
「あー、そっちもあれにね。あれ引っかかるわよねぇー」
「だよねだよね、絶対引っかけようとしてあんなことしてたよね。でもやっぱり無理にでもわたしがやった方がって。今になって後悔もしてて……」
「しゃーなしってやつと思うけど。後悔しても致し方なし。今は進めよ、進むべしって」
「ビーティちゃんは強いね……」
「頼れる相手がいなかっただけ。私は何もかも自分の力で勝ち取るしかなかった。それが生き方ね」
「へへ」
「今の笑うとこ?」
「ビーティちゃんの話聞いてたら、わたしも頑張らなきゃって!」
「元気でたか」
「でたでた! やる気でた!」
よーし、やるぞと身に喝を入れ、持ち直したところで、この部屋のことを聞き、攻略にも取り掛かる。
それでまた、ひたすら本を読むことになったわけだが。
独りでに動く人形達がこの部屋には沢山おり、次々に持ってきてくれて、便利だ。
また一冊手渡される。
「ありがと」
頭を撫でてあげようとしたら、バっと両手を向けられ、思わず手を止める。
「可愛いー♡ 撫でられるの嫌なんだ?」
「爆発するから止めたのよ」
「うぇ!?」
ニヤっとしてくるビーティを見て、察す。
この人形達の主が誰なのかを。
どんなモンスターを使っているのかも尋ねたくなるが。
(聞いたらわたしのも言わないと駄目だし。それはできないから──)
人知れず溜息落として、断念。
──『もう魔法で全部燃やしちゃわない? できるから。ねぇ?』
その時突然、ヴァンパイアからそんなことを言われ、レトリはページを捲る手を止めた。
この作業を面倒に思ってのことというのはわかるが、果たしてそんなことが可能なのか。
──『できると、そう言わなかった』
頭の中で口にしてしまっていたか、怒らせてしまった様子。
(ごめんごめん、信じてないわけじゃないんだけど)
確かに今度の部屋の仕掛けは、より難解で複雑。
それができたなら手っ取り早い。
何せ迷路の中で度々クイズを出され、間違えたなら、最初から。
魔法陣が浮いて中にいる者は全て入り口の所まで戻され、再び入ると出題される問題も変わるのだと。
力業での突破もビーティは試したそうで、どこからともなく現れる振り子刃に襲われるとのこと。
『あれエグすぎ、グロすぎ。もうちょっとで私半分よ? 針で縫っても継ぎ目ができるとこだった。美しさと高貴さのどっちが残ることになったかは、気になるとこではあったけど』
茶化して言っていたが、その危険性は十二分に伝わってきた。
しかも随分頑丈だったようで、迷路を形作る本棚にはひびの一つも入らなかったと。
(──ビーティちゃん巻き込まない? 失敗する可能性だってあるにはあるじゃん)
ない、との自信たっぷりの返答がくる。
わかったと一言返し、レトリは本を置く。
下ろしていた腰を上げ、迷路の前に向かう。構えた。意識を集中。
前のとは違う言葉が浮いてくる。
「無へと消えろ。魂まで焼き焦がす深淵の火‼ “悪神の業火”」
水晶の色が黒く変わって、光が上がると同時、黒炎が先から迸って、走る。
「うわわあっ!?」
思った以上に火の勢いが凄い。
瞬く間に迷路を包み込み、呑み込んで、焼き払う。
気付けば何もない部屋へと様変わりしており、視線の先には上り階段が映る。
「ちょちょ、ちょっと! レトリ! あんた何した!」
横に来たビーティに肩を掴まれるが、呆気に取られた顔を向けることしかできない。
自身、今の状況に理解が追い付いておらず、ありのままを言う。
「迷路、燃やしちゃった……」
「はああっ!?」
信じられない、とばかりに顔をゆらゆらと揺らしたあと、ビーティは大きく両手を広げて見せた。肩をすくめていた。
「迷路って燃やして突破できるものだったのね。驚きすぎて心臓が口から飛び出るかと思った。びっくら仰天、ウッフッフーッ‼ 何あのヤバそうな火‼」
「まあ、結果オーライということで」
曖昧に笑って返すと、背中をパシンとはたかれる。
「いやレトリ、あんたほんと何者よ。只者じゃないってことは見た目でわかってたけど、まさか私と同じだったりする? 聞いてこないから私も言ってなかったけど」
「何が?」
「どんなモンスター使ってるか。私の場合は違うけど。普通は気になると思うんだけど」
「あー、わたし言っちゃ駄目みたいに言われてて。聞いたら話さないとだし」
「私達もう友達でしょ? 隠しっこなし」
「……ヴァンパイア、だとは思うんだけど、かなり珍しい子みたいで。特殊個体なんだよね? ヴァンパイア。教えてよ」
少し間があって、さあ、とくる。
「なんか秘密っぽい。実はわたし話すことができて」
「あの野生児と一緒なわけ」
「うそ、わたし以外にもいるんだ……」
「いる。世の中広いものよ。って言っても私もそんな人間がいるってことを知ったのは、ここに来てからなわけだけど。でなきゃ相当驚いてたと思う」
「そっか。そうだよね。いるものだよね。ゴルくんにはそんな人間お前だけとか、寝言は寝て言えみたいに初めて話した時言われたけど、やっぱりいるんじゃん。嘘つき」
「早くその愛しのゴルくん救ってあげないとねー」
「違うよ。そんなんじゃないんだって」
「またまたあー。実は、逆に、みたいな」
にやにやした顔を睨むと、すっと向こうへ目を逸らされる。
「んじゃま、行きましょうか。ずっと座ってたから、体凝ってんのよねー」
そのまま体の向きも前に変え、ビーティは階段に向かって歩き出す。
すぐさま追いかけ、隣に並ぶ。
「私の方も話しておくか。でないと公平でないし。愚門とは思うけど、白き翼の聖女セラを知ってる?」
「モチのモチ。わたしが超えようとしてる人だから」
「へぇ、でも相手は、現状唯一無二のこの私の核を持ち帰った人間よ。頑張んなさい」
「ビーティもやっぱり珍しい核持ってるんだ? あ、ごめん、急に呼び捨て」
「私もう呼び捨てにしてるんだけど」
「あ、そっか。ならいっか」
「とはならんかも、しれんな。フッ」
「なるって。なるなる。それでどんな核? 唯一無二なんだよね?」
「だから現状ね。私が持ってるのは人形使いの核」
「人形使い? パペットみたいなモンスター?」
「ボス。モンスターとは一線を画す者よ」
思わずレトリは足を止めた。
ビーティも足を止め、振り返ってきて、歩みを戻して、言った。
「ボ、ボス核なの!? でもあれって、壊さないとラビリンスが消えないんじゃ」
「だから、それができた人間の話を先にしたでしょーが」
「ああ‼ 白き翼の聖女セラ‼」
「そ。つまりは聖遺物。白き翼の聖女セラの遺品なのよ。激レア品ってわけ」
ほぁー、と驚きの溜息をこぼさずにはいられない。
「世の中ほんと広いね? いまほんとにそう思って。ヤバヤバー……」
「言い方おもろ。やばやばーって」
「いやいや、何も笑えないって!」
「それはそう。自分の核もそうかもしれないわけなんだからね」
「わたし?」
「以外にいる?」
「ええっ!?」
「何驚いてんの。モンスター如きにあんな真似できてたまるか。レトリ、あんたの核も多分そう。ボス核。でも入手経路は、わりと普通そうか──」
何やら考え込み始めたビーティを尻目に、本当にそうなのか、とレトリは何度も頭の中でヴァンパイアに呼びかけてみるが。
「あーもう! 何で返事してこないの! 聞こえてるはずなのに!」
「内緒にしたかったとか? そんなことよりレトリ、私は今、深刻なことを申告したい」
「うん? 何?」
「疲れた。もう一歩も歩きたくない。無理、へろへろ」
「なんでっ!?」
まだ階段にも着いていないというのに。
見た目通りのお嬢様らしく、背中を差し出すと覆いかぶさってきて、そのまま上まで運んでいく。
「ごめん。ずっと箱に詰められてた人形姫で」
「人形姫? まあわたし体力あるし。男の子一人担いで、ラビリンス丸ごと走り抜けたこともあるし」
「レトリがいてくれてよかった。キスしたい♡ 愛してる」
「きもいきもい! やめろ! したら下ろすからな!」
階段駆け上がって、目にしたのは、その全てが金色に輝くド派手な通路のような場だ。
華美などという言葉では言い表せないほどの豪華さだが、成金な感じもなく、所々に浮く青い装飾と不思議な紋様が神秘的な雰囲気を醸し出す。
今度は明るく、見通しもよい。
「あれ、門番かな?」
一般的には、三階がラビリンスの最奥。
奥の扉の前、何かいる。
そこだけ黒が浮いており、よくわかった。
「ええ。厄介な。殺戮兵器のモンスターかい」
「殺りく兵器!?」
「その昔、魔導文明の頃のそれを模して魔王が造ったとかうんたらかんたら。多分よ。なんでそんなモンスターに人の魂が変わるんだとかもなしね。私も知らないから」
ブゥン、ブゥンという不気味な音を立て、首を左右に振って、そのモンスターは体の前にある扇状の影を動かす。
くしゅん、とその時くしゃみをしたのは、その場にいないゴルであり、噂でもされたかと鼻を擦る。