天使か悪魔かそれとも魔女か~負の魂集う墓標のラビリンス~

初めてのラビリンス 君は誰? 前編

階段上がれば、まさかの荒野とは。
おかしな話だ。
流石は黄泉の地、不思議の地。深い砂塵が辺りを包む。

ほどなく、カンカン、キンキン、と剣戟を交えるような音が先から響いてきた。
雄たけびや怒号のような声まで飛んでくる。

お祭りか?、と一瞬思ったが──なわけない!とすぐさまそれを頭の中で否定した。

恐らく、戦争をやっている。
確かなことが言えないのは、実際に目にしたことのあるようなものでもないから。

どんなものだと興味本位で眺めていたら、そのうち砂塵が晴れてきて、映る。
剣や槍を構え、ぶつかり合う彼らの姿が。

レトリの目は、大きく見開かれる。

全身黒一色であり、武器や鎧だけならまだわかるが、全部がそうなのだ。

(なに、こいつら……)

まるで人の影の群れが戦っているようであり、それが一つ所に集まって、互いを貪り合うように蠢くさまは、まさに異様の一言に尽きる。

死者の国で亡者達が繰り広げる狂騒でも見ているかのようで、背筋も凍りつく。

(こんなのが出てくるなんて、わたし聞いてない……、シスター‼︎)

先に言って欲しかったと、心の中でそう責めたくもなる。
いいや、

【ラビリンスのモンスターとは、負の魂の成れの果て】

と、聞き及んではいたのだ。

ただ、その口ぶりの印象からして、角や牙を生やした想像に難くない姿を思い浮かべてはいた。

いま目の前にいる彼らは、それらとはまったくかけ離れた別物にしか映らない。

こうも原型を残しているとは思わず、またそのせいで、人の魂から変わったことがより強調されてもおり、おぞましくも感じてしまう。

声がしていたので、てっきり人間とばかり思い込んでいたが、あるはずもない。

いきなり場違いな場に出て、そのことを失念してしまっていた。

いったいどうすれば、とレトリはパニックにもなる。
頭を抱えた。

(だめだー、どうしよう! ぜんぜんわかんないって‼ はちゃめちゃいるし、数多すぎるんだって‼)

ただ、ここで見ている限りは、安全そうだ。
そのことに気が付くと、しだいに落ち着きを取り戻し、平静にもなれた。

するとふと、先に入っていったあの子のことが、頭に浮いた。
目の前に大量にいることもそうだが、加えてこの広さ。

なら多分、まだここのどこかにと、視線を巡らそうとした、その時だ。

アァ、と薄気味悪い声が傍でして、そちらにばっと体ごと向ける。
一体そこにおり、突然のことに身が竦む。

「アァアア、アァアアアアアア!!」

雄叫び上げると、剣を振りかざして襲い掛かってもくる。
すぐにでも逃げ出したかったが、体が動かない。

(うそ、いやだ。こないで。こないでよ──‼)

金縛りにでもあったかのように目を瞑ることすら敵わず、ただ内で喚く。
目の前まで、来た。

眼前で今一度大きく剣が振りかざされて、その時初めて、今から自分が死ぬのだということを理解する。

(死んだ。死んだ。わたし死ぬんだ。こんなとこで、たった一人────)

なのに、いつまで経っても剣は頭の上には落ちてこない。

(あれ……?)

内で首をかしげる。

(止まってる……?)

世界が、いいや、時間がか。
風に吹かれ舞う砂の一粒一粒が、静止したようにくっきりと目に映し出されており、そう思う。

死の間際になって、神が、祈る時間だけでも与えてくれたか。

自然とそう思え、その御心のままにしようとしていたら、不思議な青い光が目の前を横切っていく。

人影の頭を貫いていったようにも見えたが。

避けられないと思っていた死も、それと同時に横へ通り過ぎていった。
刃が逸れた。
そのことに気が付いたのは、傍でどさっと倒れる音を聞いてからだ。

「かはっ──、ハァ、ハァ、ハ……」

レトリは、むせ返るように息をしつつ、思う。

何が起きたと。

止まっていたはずの時間も、いつの間にやら動き出しており、いったい何が何なのやら。

気付けば、体中から汗がふいてきており、顔のだけでも拭い取る。
肝も今更ながらに冷え冷えで、当分は平静を取り戻せそうもない。

倒れた相手に目を向ければ、身を溶かすようにして消えていっていた。

直後に覚えのある音を耳にする。
シュィーンと響いてきており、その方角に目を凝らせば、あの男の子が映る。

向かってきている。

ただ傍まで来るや、凄い剣幕で怒鳴りつけられた。

「お前何ぼさっとしてんだ! 死にたいのか!」

レトリは、びくっと身を震わす。シュンとしながら言った。

「ごめんなさい。その、ありがとう」

命が助かった理由がわかった。
彼をおいて、それができた人間もいない。

「お前何しに来たんだよ? ここへは遊びに来てたのか? それともまさか、俺の邪魔だけしに来てたのか?」

その言葉に思うところはあれど、言い返す気力もいまはなく。押し黙る。

「黙ってないで、何とか言えよ。あんだけ入り口のとこで俺に絡みまくってきた癖に、今度はダンマリか」

「……だから、ごめんなさい。わたし何もできなくて」

「チッ、余計な手間かけさせやがって。目障りだからお前とっとと帰れ。二度と俺の前に現れるなよ」

いくらなんでもそれはと、言い過ぎには感じる。
大体そんな真似、できっこない。何よりきつい言葉ばかりでは不満も募る。

ただでさえ死にかけていた身だというのに。今はもう少し配慮というものが欲しく、

「あ? なんだよその顔は」

そう思う気持ちが多少なりとも顔に出ていたか。
押し込めようとしても、こればかりは難しい。

「文句があんなら言えよ。ムスっとしたまま黙りこくってんじゃねぇぞ。このタコ」

流石にイラっともくるが、相手は命の恩人だ。
まだ自分を抑える。

「舐めたことやってる暇があんなら、さっさと引き返して、外出て座って待ってろ。このぼさっとしたボケ女が。帰れ」

こいつは、言いたい放題言いまくりやがって。
と、カッチーンとくるとその抑えも利かなくなってくるが、まだ耐えた。

(なんなんこいつ……。ダメダメ! どうやって殺そうとか考えるなー、わたしー)

どれだけ口が悪かろうと、命を救ってくれた相手にそれはない。
最大限の譲歩は必要だ。できるどうかは別として。
一度深く息を吸って、吐く。

どうすれば、これ以上怒りを溜め込まないようにできる。その間考えていた。
結論が出る。自分にできる範囲で頑張ろう、と。

「わかったから、そっちもいって。わたしも君と話してたら気分悪くなってきたし」

「気分悪くなってんのは俺の方なんだよ。大体俺に指図できるような立場じゃねぇだろ。お前が俺の前から消えりゃいいだけの話だろうが。違うのか」

駄目だった。自分の要求以外は通す気がないのだと思うと、いよいよ堪えも利かなくなって、

「だから‼ なんでそう突っかかってくるの‼」

思わず声を荒らげた。いまは歯止めが効かない。言いたいだけ言った。

「何も言わなかったらさっきから何‼ 好き放題言って。相手の気持ちとか考えたことある? おかしいんじゃないの」

「うるせえよ。急に大きな声出すな」

「出させてるのはいったい誰。命の恩人だからってそんなに偉いの? 助けてくれたことには感謝してるけど、言い過ぎなんだって。普通それくらいわかると思うけど」

「だから、うるせえつってんだろうが!」

「うるさくしてないだろ! 言われたから声落としたじゃん」

「そういうこと言ってんじゃねぇよ、バカ。お前どうせまだうろちょろする気なんだろ。顔に書いてあんぞ、度し難いほどのバカだってな」

「バカバカ言うな。そんなこと今関係ないだろ」
「そんなこと俺の勝手だろうが。バカ」

「はぁん、わかった。どうしてもわたしと喧嘩したいって言うなら、買うけど」

「一人でやってろよ、めんどくせぇ。お前こそいい加減、これ以上俺に面倒かけさせんなって言ってることを理解しろ。バカには無理かもしれんがな」

「言っても無駄かもしれないけど、人のことはちゃんと名前で呼んだらどう。わたし入り口のとこで言ったよね」

「お前に対して一切の興味がない」
「ふーん、忘れん坊なんだね」
「お前こそ耳が聞こえていないようだな。驚きだ」

「先に無視してきたのはそっちだろ!」
「だからピーピー喚くな。耳障りなんだよ。わかったからもうさっさと行け。俺もここの攻略で忙しいんだ」

シッシとされても、いまはもう行く気が起きない。
考えていたのは、いま男の子が口にしたこと。
ラビリンスの攻略。その手段。

自分一人では無理に思い、ならもうこれしかないと思う。

「いいよね、慣れてそうで」
「だから、だりいな」

こんな状況では、切り出し辛く、声のトーンも落ちるが、当たって砕けろだ。

「わたしはこれが初めてだから……、ねぇ、ついてっていい?」

相手にとっても悪い話ではないと思って言ったのだが。

「──はあっ!?」

信じられないくらいに驚かれる。

「だから、ついてってもいいかって」
「待て! 喋んな! なんでこの流れで──、クソ、思考がまったく追いつかねぇ」

頭を抱えだしもする。

「別に悪い話でもないじゃん。戦力は多い方がいいんだし」
「やめろって言ってんだろ! いま畳み掛けてくんな!」

「そこまでのこと? わたしそんなにおかしなこと言った?」

はあ!?とまた素っ頓狂な声を上げた男の子は、信じられないものでも見るような目だ。

「お前マジもんのバケモンか!? ありえないだろ……」

「全然あり得ると思うし、バケモンてなんだよ……。わたし普通なことしか言ってないじゃん。誰でも思いつくような」

「つかねーんだよ‼ 普通は‼ くっそ、いったいこいつ、どんな思考回路して……、だめだ、俺の理解の範疇を、超え過ぎてる……」

「しこうかいろ? ここで喧嘩してるよりそっちの方がいいなって。これそんなに変なこと? わたしそんな変なこと言ってる?」

心底わからず、小首を傾げていたら、これ以上は付き合いきれないといったふうに、男の子はほどなく、折れた。

「もういい。わかった。俺が悪かった。勝手にしろ。ただ死んだって俺のせいにすんな。化けても出るなよ。じゃあな」

傍でシュィーンと鳴る。
どうやら男の子の脚の機械からしているようであり、凄い速さで行ってしまったが、追いつけないほどではない。

レトリは駆け出し、すぐさま横に付ける。
気配に気づいたようでチラ見され、その視線が一度前に戻って、またくる。

「おぉおおわっ!? なんだテメェ!?」

そんな見事なまでの二度見をされては、可笑しくもなる。

「逃げることないじゃん。まだ話の途中なのに」

少し笑っていたら、男の子は顔を片手で覆い、天を仰ぐ。

「冗談はよしてくれ……」
「なにがー?」

「お前おかしいだろ! なんで魔導兵士の足に平然と追いついてんだよ! どんな変態だ、言ってみろ!」

「人に変態とか言うな。でも聞いて。わたし駆けっこで今まで誰にも負けたことないんだ。凄いでしょ」

「お前は何を言ってるんだ……? 当たり前だろうが。お前やっぱすげーアホなんだろ?」

「それは認めるしかないんだけど。犬より速いってだけじゃん。アホなこととは関係ないじゃんっ」

「だからそれはお前、十分人間やめてんだよ。くっそ、こいつと話してると頭がおかしくなる」
「なんで? だからそれわたしわからないんだけど。そんなことわたし言われたことないし」

「こいつは──、おい、お前のその異常な脚力、素なのか? 発言からして信じられないことにそんな感じだが。核に宿るモンスターの力じゃないのか」

「ヴァンパイアの? ううん」
「ヴァンパイアだあ?」

「うん。凄い衣装は着させて貰ってるけど、足の速さはなんにも変わってないかなあ。あ、これも聞いて。レトリってわたしの名前は、犬のレトリーバーからきてて、知ってる? 人懐こくて、賢い犬なんだよ♪ すっごい大きいし! 足が速いからってつけられたわけでもないみたいだけど、顔が似てるとは言われてて。どう、似てる?」

「──畜生、頭にあったことが全部ぶっとんだぞ。こいつがマジわかんねぇ……」

「丸くて大きなたれ目とか、特にって言われるんだけど。自分じゃそんなにかな? みたいな。君とは初対面だし、どうなのかなって」

「ナチュラルに話続けてんな! 知らねぇよ!」
「もう、知っといてよ」

「知りたくもないんだよ! もうお前話しかけてくんな! き、きもいのがうつる!」
「う、うつるか! きもいがうつるってなんだ! そんなもんうつってたまるか!」

「いいからもう帰ってくれよ……。俺についてくんなよ……」
「ガチなトーンやめよ。どんな言葉よりも効くから。わたしも傷つくから」

その時は男の子を追うのに必死であり、会話にも気を取られて気付いてもいなかったが、進行方向に待っていたのは、戦場においてもっとも危険な場だ。

気付けば、両軍入り乱れての激戦区が目前に迫っており、男の子が足を止めなかったゆえ、そのまま足を踏み入れることになる。

すぐに無数の刃が傍で飛び交うようになる。

「うわっ! わひっ!?」

人の隙間を縫うように駆ける必要もあり、これを掻い潜っていくのは、まさに至難の業。

並の人間にとってはだ。

レトリは持ち前の身体能力で、躱す。抜ける。
追う手も休めたりはしない。

その姿に度肝抜かれていたのは、言わずもがなであり、イカレてんのかと思っていた。
普通はここまで追ってこない。並の神経をしていたらこんな場所に突っ込まずに引き返す。

(うそだろ……、マジかこいつ!?)

これでは思いついたせっかくの苦肉の策が台無しだ。
ただ危険な場所に身を投じただけになる。
が、その時はまだ、楽観視もしていた。

(しかし落ち着け──、俺。今は目の前のことに集中するんだ)

どうせすぐにどうにもならなくってと、そう思っていたのだが。
しばらく経ってもそうはならず、おかしい、とは思い始めてくる。
軽く向けた目に、笑いかけてくるような姿まで映り込み、頭を掻きむしりたくもなった。

(悪夢かよ……‼ 何が起きてる、頭おかしすぎるだろ……‼ いや落ち着け俺、前を見ろ。見てられねーんだよ‼ あのバカが気になりまくって‼)

落ち着け、落ち着け、俺と、その後も何度も念じることになったが、何よりこの悪夢はいつになったら覚めるのやら。

そんな恐怖に苛まれていた折、状況に変化が起きる。

ガチャン!と妙に大きな金属音が傍で響いて、黒い塊が吹っ飛んでいるのが目に映る。
それをやった相手もすぐわかる。バケモンか。改めてそう思う。

「あれ、けっこうよわい……。よし、このまま!」

人間大のものが纏めて紙切れのように吹き飛んでいく不思議現象は、その後も続く。
これでは障害物が、障害物として機能していない。

もうよしてくれ。やめろ。助けてくれ。色々思うが、どれも救いを求めるものばかりだ。

易々と追い付かれたくらいであり、足の速さでも劣っている今、逃げおおすことなど現状敵わない。
男の子も腹を括る。道は一つしかないと悟った。

(わかった。わかったよ。もう好きにしやがれってんだ──)

と、直後に右腕の機械から剣の形に光を伸ばして、参戦した。
鬱憤晴らすかのように目につく先から斬って斬って斬りまくりもする。

「どけオラァッ! 邪魔なんだよザコが! 死ねカス! 前塞いでんじゃねぇ‼」
「おぉ、光の剣だ。それカッコイイね?」
「いまそんなことどうだっていいだろ! 前を見ろ!」
「あ、ごめん。剣捌きもすごかったから」

一人では大変なことも二人でやったら作業量も半分だ。すぐに終わりが見えてきた。

「このまま一気に抜けるぞ! 足も手も止めんなよ!」

二人で協力して乱戦の囲いをこじ開け、抜ける。
そのまま距離を空け、完全に離脱ができたら揃って足を止めた。

「はぁ、はぁ……、思ったよりやるな。まさかここまで追ってくるとはな」
「勢いだけでは、あったんだけど。なんとかなったというか」

「それはまあよかったな。階段を探しててな。勿論下りのことじゃないぞ。お前も探せ」
「上へ行く階段ってこと? あ、オッケイ! よろしくね!」

「今回限りだ。仕方なくだぞ、仕方なく。そういえばあの人間離れしたパワー。あれももしかして、自前のものだったりしたりすんのか」
「うん」
「うんてお前、素で答えやがって。マジ姉さん思い出すな」

「魂の解放者なの、お姉さんも?」 

「お前には関係ない」
「言うと思った。もうその言い方にも慣れたけど」
「いいか。お前は左、俺は右だ。少し休んだらいくぞ」
「なんで? せっかく二人になったんだし、一緒に探そうよ。ここ広いし」

「はあ? 広いから二手に分かれるんだろうが」
「一人は流石に寂しいって」

「感情で物言い過ぎだろ……、やべぇ、思考がまた追いつかなくなってきた」

「あ、そうだ! 名前!」
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