天使か悪魔かそれとも魔女か~負の魂集う墓標のラビリンス~
出会いと旅立ち 瘴気もやる 後編
日が昇って、明朝。☾→☼
「それじゃシスター、ちょっと行ってくるね!」
レトリは外に出て、畑仕事の手伝いを頼まれていた人の所へ向かい、予定していた出発時刻の前、正午前には戻ってくる。
「しょ……っと!」
朝もお昼もそこで食べさせてもらっていた。人の好い夫婦なのだ。
帰りに大量のお土産も持たされており、腕に山積みにされた春野菜を抱えて帰った。
「あ、れとりだ!」
「レトリおかえりー!」
「おかえりー!」
中に入る前に、外で遊んでいた子達から、はしゃいだ声の出迎えを受ける。
「すごーい! いっぱーい!」
「れとりはやっぱりちからもち!」
「いやほんとよくこんなに抱えてこれるもんだ。人間じゃねぇ」
「驚きだよな。まさに筋肉モンスターだよな」
「こらそこ二人、うるさいよ」
「れとりー、あそんでー」
「はいはい、これ運び終わったらね」
玄関の扉を開けてもらって中へ。キッチンまで向かう。
シスターがいることを確認すると、飛び込んでいく。
じゃーん、と自慢げに腕の物を見せた。
すると狙い通りに目を丸くしてもらえたのだが、すぐさま笑い出す。
「ふふ、こんなに沢山持たせてもらって。ローフ夫妻に感謝しないとなりませんね」
「お手伝いいっぱい頑張ってくれたからって。こんなにたくさん悪いなって思って、言ったんだけど、子供が遠慮するなって」
「もしかすると、あなたへの餞別も含まれていたのやもしれませんね」
「せんべつって?」
「今日行くつもりなのでしょう? 朝に顔を見た時から気づいていましたよ」
見抜かれていたということに、レトリは驚かされる。
サプライズを考えていたというのに。その理由が気になるところだ。
「どうしてわかるかな……、聞いていい?」
「私はあなたの育ての親ですよ。わかるに決まっているではないですか」
湿っぽい別れなど、考えてはいなかったのだが。
その言葉を聞いた途端、こみ上げてくるものがあり、目の前が滲んで映る。
「しすたぁ、ううん、お母さんっ────!」
腕のものをおろすや、レトリは走っていって、シスターの胸に飛び込んだ。
「わたし、頑張る! 精一杯やってくるから!」
今からいく場所は、パっと行って、パっと帰って来られるような場所でもない。
「でも寂しいよ! お別れなんてまだ言いたくなかった!」
これが今生の別れになるかもしれないと思うと、急すぎる、そう思わずにはいられない。
せめて大人になってから。もう出ていった上の子達と同じ時間を過ごしてから、行きたかった。
「だってわたしまだ、子供だよ。大人になんてなってないのに……」
齢、十二。
けれどもいまは、周りの子が全員歳が下で、ほかの子といる時は、年長者としての振る舞いを心掛け、弱音を吐くなんていう真似はできなかったが。
「なんでわたしなんだろうって、なんでかな……」
二人きりの今は別。本音も好きに出せる。
思いの丈をぶつけていた。
「辛い思いをさせますね」
と頭を撫でられ、鼻を啜った。
今は泣くのを止められそうもない。
「不安で胸がいっぱいですか」
「うん……、だと思う」
「ヴァンパイアが力になってくれます。何よりあなたには特別な力がある。それを信じなさい」
「わたしにそんな力ある……?」
「ありますとも」
「そりゃ人より、力が強かったり、足が速かったりは、するけど」
「どうしても無理と感じたのなら、使命など放り捨てて、逃げ帰ればよいのです。神に仕える身としては、あるまじき言にも思いますが、それが一人の母として、あなたを思う本音の気持ちです」
「そうする。大好きお母さん────」
足りない分を、甘えるだけ甘えて補い、気持ちに整理がついたなら、身を離す。
赤い目元を拭い、顔に浮いたのは、吹っ切った笑みだ。
いつもの調子で言った。
「それじゃわたし行くね! 立派な魂の解放者になって、またここに戻ってくる!」
「ええ、いってらっしゃい、レトリ。あなたに神のご加護があらんことを」
外に出て、皆の遊びに軽く付き合ったあと、今日立つということを切り出したなら、大騒ぎ。
突然だったためか、ブーブーも言われ、泣き出す子まで出て、困り果て、袖も引かれたが、あとから出てきたシスターがその場を収めてくれ、ひと安堵。
どこか聖母のように映るその姿を、いまのいままでなんとなく見てきたが、見習いたいものだと思う。
いつか、母のようになりたいと思う、身としては。
皆に見送られる中、
「それじゃあね、みんな! いってきます!」
そう口にしながら、大きく手を振って、駆けだす。その門出への祝いの花束か。
道の脇に咲く春の小花達が、色とりどりの花弁を空に向かって舞い上げる。
実際のところ、人間離れした脚力から生じた風で、物理的に散らされただけではあるが。
速いなんてものではない。風を切って飛ぶ速鳥をぶち抜いていってしまう程だ。
しかしそのせいでブレーキが効かず、通りに出た際、危うくそこに居たなじみの老婆と、出会いがしらの衝突事故を起こすところだった。
「うわわあ‼ ごめんなさい! 今急いでて」
「レトリ、そんなに慌ててどこへ行くんだい?」
「ラビリンス!」
それは突如として現れ、辺り一帯に瘴気振り撒き、災い齎す、穢れた墓標。
負の魂集う黄泉の地とされており、そこには俗にモンスターと呼ばれる怪物達が跋扈する。
「おーい、レトリーっ! 暇なら少し店を手伝っていってくれないかーっ!」
「むりーっ‼ わたし今から森のラビリンスに行くの!」
「な、なんだとぉっ!? お前、一人で大丈夫なのかぁっ!」
「大丈夫かどうかはわかんないけど、大人はみんな見えないじゃん!」
そして、そこで手に入るものが、今はペンダントに加工されて首元で揺れるあの石。
一般的な呼び名は“核”。
魂の解放者だけが扱える代物で、その期間は見える内だけ。
言うなら子供の内だけであり、使命を終えるのも、大人になってくる頃だ。
それまでは神の意思に従い、浄化を行い続ける。
露店が立ち並ぶ場所を抜け、町を出たなら傍の森へと入る。
ほどなく火事の時のような黒煙が見えた。瘴気だ。
噂通り、随分広がっていたようで、おかげで道しるべともなる。
ラビリンスへの。瘴気の中へと踏み入った。
「けほ、えほ──」
咳き込みつつ思うのは、見た目通りやはり煙いのかと、そんなことだ。
体に悪そう、とも思うが。
聖なる存在である魂の解放者には、効かない、とも聞いている。
実際、息苦しいだけで、他に何か異変が生じることもなく、しばらくそのまま霧のように立ち込める瘴気の中を進み続けると、突如視界が晴れて、それを目にすることになる。
(うわ、おっきぃー……)
見上げるほどの巨大な建造物が前に現れ、息を呑む。
形は聞いていた通りの三角形。
大きな石が沢山積まれてできており、上にのぼる階段と、その先には大きく開いた入り口も見える。
しかし、その階段を上っていくには、勇気がいった。
しばしの間、ただ呆然と眺め、立ち尽くしていると、コッ、コッ、と杖をつくような音が、突然後ろからしてくる。
思わず振り返った。
老人が頭に浮いていたが、来るはずもない。
目にしたのは、同年代くらいの男の子で、垢抜けた感じが都会の子に映る。
ここらでは見ない紳士然としたオシャレな服を着て、身嗜みまできっちりだ。
ただ、つり目がちなせいか、きつい印象も受ける。
「あ、あなたも、魂の解放者──?」
そう声を掛けたはずが、ちらと見てくるだけで、何も言ってはこない。
隣まで来て、そのまま横を素通りしていく。
感じ悪、と思うが、一度そんな自分を諫めた。
突然のことで、はっきりと口にできていたかは、怪しい。
もしかすると、途切れ途切れに言葉が出ており、変なことを言ってくる奴、つまりは変人とでも思われて、無視されたのではないか。
ひとまず、そう思うことにして、横まで行って再チャレンジ。
「初めまして。わたしレトリ。ねぇ、あなたも魂の解放者?」
今度は目すら向けて貰えず、やっぱり感じ悪いと思うのだが、この手のタイプには覚えもあった。
無愛想という言葉を絵に描いたような職人気質な人間。
町の鍛冶屋のオヤジなどは、まさしくそうであり、まったくそんなふうには見えないが、この無愛想っぷりはそっくり。
対処法は熟知してある。
しつこいくらいに話し掛けていると、そのうち心を開いてくれて、仲良くなれるのだ。
「ねぇねぇ、どっから来たの? ここらの子じゃないよね?」
理解したなら即座に実行に移す。
振り向いてくれるまでやるぞと思いつつ、顔の傍で手を振って、注意も引いた。
「おーい。聞こえてないのー? あなたのお名前はー?」
男の子が足を止めてくれ、溜息を落とす。
その後に睨みつけてくるところまで、読み通りといったところか。
先ほどの推測、的を射ていたように思う。
「しつこい奴だな。無視しているのがわからんか」
「やっぱりわざとだったんだー。お仲間なのにひどいじゃん♪」
「どけ。邪魔だ。俺は誰とも関わり合いになるつもりはない」
「そんな言い方されるとちょっとなぁ。どきたくなくなるなぁって」
「ぶん殴られたいのか、お前」
「そうツンケンしないでよ。名前くらい教えてくれたって。ねぇ?」
「うざいんだよ。さっさと俺の前から失せろ」
取り付く島もないが、会話はあったので進展があったのも確か。
ならこのまま押しきってしまえと、畳みかける。
レトリはにこっと笑ってみせると、首元から服の中に手を入れた。
「わたしのってさ、こういうのなんだけど、君のは──」
ペンダントを見せようとしていたら、突然突き飛ばされて、尻もちをつく。
「だわ!?」
「だから、話続けてんじゃねぇ! 目障りだっつってんだろ!」
呆気に取られている内に男の子は行ってしまう。
そのまま階段に足をかけ、上り始めると、
「いくぞ、魔導兵士」
そんな声がして、突然その身から眩い光を発した。
目が眩んだ。レトリは咄嗟に顔の前を腕で覆う。
(なに、まぶし──)
閉じていた瞼の裏から感じる強い光が収まると、今度はシュィーンと不思議な音が鳴り渡る。
腕を下ろしつつ、瞼を持ち上げ、見る。
「!?」
男の子の身体が機械に覆われており、その劇的な変化に驚くことになった。
言葉を失っているうちに、氷の上でも滑るみたく駆けていって、瞬く間に男の子はいなくなる。
いったい何が起きたのか。
直後に傍で、ゴスと変な音がして、見ると、あの子が使っていた杖が傍に落ちてあり、置いていったようだ。
「なに、いまの……?」
わからない。いいや、頭の奥では理解していた。
あの男の子が今、何をしたのかを。
しばらく経って放心状態から舞い戻ると、レトリは立って土を払い、ペンダントを掴む。
「今のたぶん、ううん、絶対そう……」
自分にもできるはずと思う。
だってあれは────使い方ならば知っている。
あの儀式の後に、突然、頭に浮いたのだが、それが魂の解放者となった証なのだと、シスターは言っていた。
覚悟を決めて自らも向かい始める。
あの子と同じように、階段を上りながら口にした。
「力を貸して。ヴァンパイア」
今さっき見たのと同じ光が手元から上がる。
視界を白に包まれた。身も何かに包まれているような感覚がある。
──『ふふ、はは、アッハハハハハハハ』
その時、突然、頭の中に甲高い笑い声が響いた。
「!?」
女の子のものに聞こえたが、どうして突然、頭の中に人の声が。
もしや、ヴァンパイアのものかと、まだその時は、疑問に思う気持ちがの方が、感じる恐怖よりも優ってはいたが。
──『良い子ね』
と直後に耳元で囁かれ、いよいよ総毛立つ。
「うひぃあっ!?」
震えあがっている内に、気づけば視界も元に戻り、ふと目に入った今の自分の姿を見て、更に驚くことになる。
「うそ、これドレスっ!? わたしドレス着てる!?」
身を着飾るのは、黒くシックな印象を受けるそれであり、自身はこんな風に変わるのか、と感心しながら上からまじまじ見つつ、触れていく。
手触りが良い。
感動を覚えるほどに。普段着ているものとは別次元の質の良さだ。
ひゅー♪と思わず口笛を吹いて鳴らした。
弾んだ声も出す。
「さっすがドレス! 良い布してる! って当たり前か! ビューティフー♪」
ふふーんと鼻歌交じりに、目に留まった愛らしいフリフリのスカートを摘み、振った。
その後に両腕持ち上げ、指を収める上品に仕立てられた網目模様の手袋に見惚れ、最後は足元、踵を持ち上げ艶ピカの丸靴を見る。
「えー、もうぜんぶ可愛いー♡♡ 反則だよこれ、反則。あははは、パーフェクトウ♪」
テンションぶち上がって、他のことなどもう忘れた。
軽やかな足取りで残りの段を駆け上がっていくと、上でくるりと回る。
ドレスを舞い広げた。すると、甘く濃い香りが立つ。
「ほわ、あまー……」
頭に連想したのは、入れたてのローズティー。
ただしこれでもかと、シロップを入れたものではある。
「お貴族様の香水って感じー。頭くらくらしてくるね?」
ヴァンパイアと初めて聞いた時、頭に浮いていたのは、マントをつけた伯爵様だ。
いま頭に浮くヴァンパイアだろう女の子も高飛車な笑い方をしており、ならきっと。
確かなことが言えないのは、そんな人間が身近にはいないから。
お貴族様など、本の中だけの存在、と言ったところではある。
少し疑問に思うことがあり、手首に鼻を押し当て嗅ぐ。
「……なんでだろ?」
首を捻る。
あれほどの匂いが、すぐに収まったのだ。
高価な香水とは、そういうものなのかとも思うが、大元からもいまは、ほのかにといった具合にしかしてこない。
なるほど。よくわからんで結論付ける。
もう他のことが頭に浮いており、そちらの方が気に掛かった。
[これを外でも着られないか]
シスターに見せたい。孤児院の皆にも。町の人達にもだ。
溜息と一緒に肩を落とす。
(無理か……)
わかってしまうのだ。力の使い方と同じく。
がっくしときた直後にハっとした。
今はそんな場合ではなく、行かねばならない。
気を取り直して、いざ、中へ。
おっかなびっくりラビリンスへと足を踏み入れる。
「きゅ、急に出てくるとかはやめてよ……、怖いからっ!」
入り口をくぐれば、石壁に覆われた湾曲した通路が前に伸びており、壁には松明が規則的に掛けられていて明るい。奥までしっかり見通せる。
慎重に歩を進めていきながら、身を隠せそうな場所をレトリは探すが。
ない。なんにもない。柱の一つもないのだ。
それが不安に感じてくる。
もし今モンスターに出くわしたらと思うと、怖くてたまらない。
緊張感が凄まじく、思わず胸に手を置いた。
心臓が痛いほどに内側からノックしてきており、呼吸も上がってきている。
何度も深呼吸をして、心を落ち着かすことに励む。
(落ち着け……、落ち着けー……)
まだ何も出てきていないのに、こんなことで大丈夫なのだろうか。
逃げ帰りたい気持ちでいっぱいなのだが、踏み止まった。
それと同時に乱れていた呼吸も収まっていき、落ち着きを取り戻してもくる。
(よし! 頑張れわたし! 負けるな、わたし!)
大体、何のためにここへ来たという話。
何もせず帰ったとあっては、良い笑いものになろう。
何より、町の皆の期待を裏切ることになる。
それだけは避けたい。
精神を集中し、閉じていた目をカッと開くと、両手を前に翳した。
「こい、赤いステッキ!」
戦う為の武器ならあるのだ。呼び出し方も無論知っている。
口にすると同時に手に吸いつくようにそれは現れる。
頭の部分には、名前通りの赤い水晶が飾られており、ぎゅっと抱くように持って、改めて攻略を開始。
出ない。出ない。モンスターが出てこない。
(……なんで?)
どれだけ進もうと状況に変わり映えがなく、怖さなど疾うに薄れ、退屈にも感じてきていた。
最初は亀のように遅かった進行速度も、兎とまではいかないが、いまは人間らしくはなった。
おかしい。ラビリンスには、沢山のモンスターがいると聞いていたのだが。
(──ていうか、いまどこ。ここどこ‼)
時計回りにぐるぐると、ひたすら円を描き続けるように回らされているということだけは、わかるのだが。
通路の様相自体は特段変わっておらず、進展具合というのがわかりづらい。
もしやこれは、ずっと同じ所を回らされているのでは。そんな気も。
(あっ、あの子が全部倒していったから、それでか──‼)
一つ前のことで思い当たることがあり、今し方考えていたことは、全部頭から飛んだ。
(あるって! 全然ある! 慣れてる感ばりばりあったし。怖がってなかったもんね!)
だとしても、早すぎる、という気はしている。
しかし実際、入ってからは一度も見ていない。あの子も、モンスターも。
ならもうずっと先に行っているということは、明らか。
つまり、ここでモタモタしているだけ、無駄なのでは。と思った直後に気付く。
「あー……」
これはともすれば、このまま何もすることなく、終わる可能性もある。
「あはは……」
引き攣った笑いももれる。まさか、とは思っているが。
もしそうなろうものなら、自分はどんな顔をすることになるか。
きっと拍子抜けとは、思うことにはなろう。
楽できるうえに怖い思いをすることもなくなる為、素晴らしいことにも思えるが、得られるはずの物も同時に手に入らなくなる。
称賛の言葉や感謝の言葉、しかし、いま頭に浮いているのは、シスターからモンスターを倒した際には、必ず拾ってくるよう言われた品であり、所謂、ドロップ品というやつである。
原理は不明だが、浄化を完了させた証なのだと。
「まあ、いいか。それでラビリンスがなくなるのなら、万々歳じゃん。そうだよ、それでみんな救われるんだから、わたしも何もしなくていいんだから。良いこと尽くめじゃん」
実際、一番の目的は、いま口にしたことであり、ラビリンスを森からなくすこと。
最奥に待ち構えていると聞かされた、ここのボスを倒して。
「おし、もう考えるのはヤメヤメ!」
頬を両手で打って気合を入れ直し、今はひたすら進もうと心に決める。
が、結局最後まで、モンスターとは会えずじまいで、通路の終わりに着く。長かった。
もう疲れたって‼と、叫びたくなるくらには。内ではやった。
両手でメガホン作ってだ。
前には天高く伸びる螺旋階段。傍まで来て、見上げた。
(たっか……)
これまた終わりの見えない代物であり、凝ったものだとも思う。
形状そのものが。
何より大きく、立派で、見ていると大きな宮殿の内部に迷い込んでしまったかのような感覚になる。
いまは自分もお姫様と、スカートを汚さぬよう軽くたくし上げてみると、気分が乗った。
「へへ」
笑いがもれる。準備は万端、駆け登る。
元々体力には自信があり、精神的に疲弊していただけで、その気力が戻れば、階段くらいはなんのその。
鼻歌うたって駆けて行く。
ひたすら歩かされ続けた一階もこれで終わり。
暇すぎたせいで、思わぬ発見があったりもしたが、次はいったいどんな所か。何がお見えするのやら。
くるくる上がって、最終コーナーを曲がった直後、予想だにしないものをレトリは目にして、足を止めることになる。
(え、空……?)
先にはそれが映る。
風も吹いてきており、まさか本当に天まで、空にまで続いていたというのか。
実際、かなりの段を登ったと思っており、ないとも思えない。
息を呑むような顔をして、終わり間近の段を最後まで上がった。
「ウソォー……」
目に飛び込んできたのは、頭に浮いていた空の上にあるという黄金の園、ヴァルハラのような景観ではなく、荒涼とした大地であり、
「ここ、ドコォ?」
そう思わずには、いられない。ただただ、困惑する。
「それじゃシスター、ちょっと行ってくるね!」
レトリは外に出て、畑仕事の手伝いを頼まれていた人の所へ向かい、予定していた出発時刻の前、正午前には戻ってくる。
「しょ……っと!」
朝もお昼もそこで食べさせてもらっていた。人の好い夫婦なのだ。
帰りに大量のお土産も持たされており、腕に山積みにされた春野菜を抱えて帰った。
「あ、れとりだ!」
「レトリおかえりー!」
「おかえりー!」
中に入る前に、外で遊んでいた子達から、はしゃいだ声の出迎えを受ける。
「すごーい! いっぱーい!」
「れとりはやっぱりちからもち!」
「いやほんとよくこんなに抱えてこれるもんだ。人間じゃねぇ」
「驚きだよな。まさに筋肉モンスターだよな」
「こらそこ二人、うるさいよ」
「れとりー、あそんでー」
「はいはい、これ運び終わったらね」
玄関の扉を開けてもらって中へ。キッチンまで向かう。
シスターがいることを確認すると、飛び込んでいく。
じゃーん、と自慢げに腕の物を見せた。
すると狙い通りに目を丸くしてもらえたのだが、すぐさま笑い出す。
「ふふ、こんなに沢山持たせてもらって。ローフ夫妻に感謝しないとなりませんね」
「お手伝いいっぱい頑張ってくれたからって。こんなにたくさん悪いなって思って、言ったんだけど、子供が遠慮するなって」
「もしかすると、あなたへの餞別も含まれていたのやもしれませんね」
「せんべつって?」
「今日行くつもりなのでしょう? 朝に顔を見た時から気づいていましたよ」
見抜かれていたということに、レトリは驚かされる。
サプライズを考えていたというのに。その理由が気になるところだ。
「どうしてわかるかな……、聞いていい?」
「私はあなたの育ての親ですよ。わかるに決まっているではないですか」
湿っぽい別れなど、考えてはいなかったのだが。
その言葉を聞いた途端、こみ上げてくるものがあり、目の前が滲んで映る。
「しすたぁ、ううん、お母さんっ────!」
腕のものをおろすや、レトリは走っていって、シスターの胸に飛び込んだ。
「わたし、頑張る! 精一杯やってくるから!」
今からいく場所は、パっと行って、パっと帰って来られるような場所でもない。
「でも寂しいよ! お別れなんてまだ言いたくなかった!」
これが今生の別れになるかもしれないと思うと、急すぎる、そう思わずにはいられない。
せめて大人になってから。もう出ていった上の子達と同じ時間を過ごしてから、行きたかった。
「だってわたしまだ、子供だよ。大人になんてなってないのに……」
齢、十二。
けれどもいまは、周りの子が全員歳が下で、ほかの子といる時は、年長者としての振る舞いを心掛け、弱音を吐くなんていう真似はできなかったが。
「なんでわたしなんだろうって、なんでかな……」
二人きりの今は別。本音も好きに出せる。
思いの丈をぶつけていた。
「辛い思いをさせますね」
と頭を撫でられ、鼻を啜った。
今は泣くのを止められそうもない。
「不安で胸がいっぱいですか」
「うん……、だと思う」
「ヴァンパイアが力になってくれます。何よりあなたには特別な力がある。それを信じなさい」
「わたしにそんな力ある……?」
「ありますとも」
「そりゃ人より、力が強かったり、足が速かったりは、するけど」
「どうしても無理と感じたのなら、使命など放り捨てて、逃げ帰ればよいのです。神に仕える身としては、あるまじき言にも思いますが、それが一人の母として、あなたを思う本音の気持ちです」
「そうする。大好きお母さん────」
足りない分を、甘えるだけ甘えて補い、気持ちに整理がついたなら、身を離す。
赤い目元を拭い、顔に浮いたのは、吹っ切った笑みだ。
いつもの調子で言った。
「それじゃわたし行くね! 立派な魂の解放者になって、またここに戻ってくる!」
「ええ、いってらっしゃい、レトリ。あなたに神のご加護があらんことを」
外に出て、皆の遊びに軽く付き合ったあと、今日立つということを切り出したなら、大騒ぎ。
突然だったためか、ブーブーも言われ、泣き出す子まで出て、困り果て、袖も引かれたが、あとから出てきたシスターがその場を収めてくれ、ひと安堵。
どこか聖母のように映るその姿を、いまのいままでなんとなく見てきたが、見習いたいものだと思う。
いつか、母のようになりたいと思う、身としては。
皆に見送られる中、
「それじゃあね、みんな! いってきます!」
そう口にしながら、大きく手を振って、駆けだす。その門出への祝いの花束か。
道の脇に咲く春の小花達が、色とりどりの花弁を空に向かって舞い上げる。
実際のところ、人間離れした脚力から生じた風で、物理的に散らされただけではあるが。
速いなんてものではない。風を切って飛ぶ速鳥をぶち抜いていってしまう程だ。
しかしそのせいでブレーキが効かず、通りに出た際、危うくそこに居たなじみの老婆と、出会いがしらの衝突事故を起こすところだった。
「うわわあ‼ ごめんなさい! 今急いでて」
「レトリ、そんなに慌ててどこへ行くんだい?」
「ラビリンス!」
それは突如として現れ、辺り一帯に瘴気振り撒き、災い齎す、穢れた墓標。
負の魂集う黄泉の地とされており、そこには俗にモンスターと呼ばれる怪物達が跋扈する。
「おーい、レトリーっ! 暇なら少し店を手伝っていってくれないかーっ!」
「むりーっ‼ わたし今から森のラビリンスに行くの!」
「な、なんだとぉっ!? お前、一人で大丈夫なのかぁっ!」
「大丈夫かどうかはわかんないけど、大人はみんな見えないじゃん!」
そして、そこで手に入るものが、今はペンダントに加工されて首元で揺れるあの石。
一般的な呼び名は“核”。
魂の解放者だけが扱える代物で、その期間は見える内だけ。
言うなら子供の内だけであり、使命を終えるのも、大人になってくる頃だ。
それまでは神の意思に従い、浄化を行い続ける。
露店が立ち並ぶ場所を抜け、町を出たなら傍の森へと入る。
ほどなく火事の時のような黒煙が見えた。瘴気だ。
噂通り、随分広がっていたようで、おかげで道しるべともなる。
ラビリンスへの。瘴気の中へと踏み入った。
「けほ、えほ──」
咳き込みつつ思うのは、見た目通りやはり煙いのかと、そんなことだ。
体に悪そう、とも思うが。
聖なる存在である魂の解放者には、効かない、とも聞いている。
実際、息苦しいだけで、他に何か異変が生じることもなく、しばらくそのまま霧のように立ち込める瘴気の中を進み続けると、突如視界が晴れて、それを目にすることになる。
(うわ、おっきぃー……)
見上げるほどの巨大な建造物が前に現れ、息を呑む。
形は聞いていた通りの三角形。
大きな石が沢山積まれてできており、上にのぼる階段と、その先には大きく開いた入り口も見える。
しかし、その階段を上っていくには、勇気がいった。
しばしの間、ただ呆然と眺め、立ち尽くしていると、コッ、コッ、と杖をつくような音が、突然後ろからしてくる。
思わず振り返った。
老人が頭に浮いていたが、来るはずもない。
目にしたのは、同年代くらいの男の子で、垢抜けた感じが都会の子に映る。
ここらでは見ない紳士然としたオシャレな服を着て、身嗜みまできっちりだ。
ただ、つり目がちなせいか、きつい印象も受ける。
「あ、あなたも、魂の解放者──?」
そう声を掛けたはずが、ちらと見てくるだけで、何も言ってはこない。
隣まで来て、そのまま横を素通りしていく。
感じ悪、と思うが、一度そんな自分を諫めた。
突然のことで、はっきりと口にできていたかは、怪しい。
もしかすると、途切れ途切れに言葉が出ており、変なことを言ってくる奴、つまりは変人とでも思われて、無視されたのではないか。
ひとまず、そう思うことにして、横まで行って再チャレンジ。
「初めまして。わたしレトリ。ねぇ、あなたも魂の解放者?」
今度は目すら向けて貰えず、やっぱり感じ悪いと思うのだが、この手のタイプには覚えもあった。
無愛想という言葉を絵に描いたような職人気質な人間。
町の鍛冶屋のオヤジなどは、まさしくそうであり、まったくそんなふうには見えないが、この無愛想っぷりはそっくり。
対処法は熟知してある。
しつこいくらいに話し掛けていると、そのうち心を開いてくれて、仲良くなれるのだ。
「ねぇねぇ、どっから来たの? ここらの子じゃないよね?」
理解したなら即座に実行に移す。
振り向いてくれるまでやるぞと思いつつ、顔の傍で手を振って、注意も引いた。
「おーい。聞こえてないのー? あなたのお名前はー?」
男の子が足を止めてくれ、溜息を落とす。
その後に睨みつけてくるところまで、読み通りといったところか。
先ほどの推測、的を射ていたように思う。
「しつこい奴だな。無視しているのがわからんか」
「やっぱりわざとだったんだー。お仲間なのにひどいじゃん♪」
「どけ。邪魔だ。俺は誰とも関わり合いになるつもりはない」
「そんな言い方されるとちょっとなぁ。どきたくなくなるなぁって」
「ぶん殴られたいのか、お前」
「そうツンケンしないでよ。名前くらい教えてくれたって。ねぇ?」
「うざいんだよ。さっさと俺の前から失せろ」
取り付く島もないが、会話はあったので進展があったのも確か。
ならこのまま押しきってしまえと、畳みかける。
レトリはにこっと笑ってみせると、首元から服の中に手を入れた。
「わたしのってさ、こういうのなんだけど、君のは──」
ペンダントを見せようとしていたら、突然突き飛ばされて、尻もちをつく。
「だわ!?」
「だから、話続けてんじゃねぇ! 目障りだっつってんだろ!」
呆気に取られている内に男の子は行ってしまう。
そのまま階段に足をかけ、上り始めると、
「いくぞ、魔導兵士」
そんな声がして、突然その身から眩い光を発した。
目が眩んだ。レトリは咄嗟に顔の前を腕で覆う。
(なに、まぶし──)
閉じていた瞼の裏から感じる強い光が収まると、今度はシュィーンと不思議な音が鳴り渡る。
腕を下ろしつつ、瞼を持ち上げ、見る。
「!?」
男の子の身体が機械に覆われており、その劇的な変化に驚くことになった。
言葉を失っているうちに、氷の上でも滑るみたく駆けていって、瞬く間に男の子はいなくなる。
いったい何が起きたのか。
直後に傍で、ゴスと変な音がして、見ると、あの子が使っていた杖が傍に落ちてあり、置いていったようだ。
「なに、いまの……?」
わからない。いいや、頭の奥では理解していた。
あの男の子が今、何をしたのかを。
しばらく経って放心状態から舞い戻ると、レトリは立って土を払い、ペンダントを掴む。
「今のたぶん、ううん、絶対そう……」
自分にもできるはずと思う。
だってあれは────使い方ならば知っている。
あの儀式の後に、突然、頭に浮いたのだが、それが魂の解放者となった証なのだと、シスターは言っていた。
覚悟を決めて自らも向かい始める。
あの子と同じように、階段を上りながら口にした。
「力を貸して。ヴァンパイア」
今さっき見たのと同じ光が手元から上がる。
視界を白に包まれた。身も何かに包まれているような感覚がある。
──『ふふ、はは、アッハハハハハハハ』
その時、突然、頭の中に甲高い笑い声が響いた。
「!?」
女の子のものに聞こえたが、どうして突然、頭の中に人の声が。
もしや、ヴァンパイアのものかと、まだその時は、疑問に思う気持ちがの方が、感じる恐怖よりも優ってはいたが。
──『良い子ね』
と直後に耳元で囁かれ、いよいよ総毛立つ。
「うひぃあっ!?」
震えあがっている内に、気づけば視界も元に戻り、ふと目に入った今の自分の姿を見て、更に驚くことになる。
「うそ、これドレスっ!? わたしドレス着てる!?」
身を着飾るのは、黒くシックな印象を受けるそれであり、自身はこんな風に変わるのか、と感心しながら上からまじまじ見つつ、触れていく。
手触りが良い。
感動を覚えるほどに。普段着ているものとは別次元の質の良さだ。
ひゅー♪と思わず口笛を吹いて鳴らした。
弾んだ声も出す。
「さっすがドレス! 良い布してる! って当たり前か! ビューティフー♪」
ふふーんと鼻歌交じりに、目に留まった愛らしいフリフリのスカートを摘み、振った。
その後に両腕持ち上げ、指を収める上品に仕立てられた網目模様の手袋に見惚れ、最後は足元、踵を持ち上げ艶ピカの丸靴を見る。
「えー、もうぜんぶ可愛いー♡♡ 反則だよこれ、反則。あははは、パーフェクトウ♪」
テンションぶち上がって、他のことなどもう忘れた。
軽やかな足取りで残りの段を駆け上がっていくと、上でくるりと回る。
ドレスを舞い広げた。すると、甘く濃い香りが立つ。
「ほわ、あまー……」
頭に連想したのは、入れたてのローズティー。
ただしこれでもかと、シロップを入れたものではある。
「お貴族様の香水って感じー。頭くらくらしてくるね?」
ヴァンパイアと初めて聞いた時、頭に浮いていたのは、マントをつけた伯爵様だ。
いま頭に浮くヴァンパイアだろう女の子も高飛車な笑い方をしており、ならきっと。
確かなことが言えないのは、そんな人間が身近にはいないから。
お貴族様など、本の中だけの存在、と言ったところではある。
少し疑問に思うことがあり、手首に鼻を押し当て嗅ぐ。
「……なんでだろ?」
首を捻る。
あれほどの匂いが、すぐに収まったのだ。
高価な香水とは、そういうものなのかとも思うが、大元からもいまは、ほのかにといった具合にしかしてこない。
なるほど。よくわからんで結論付ける。
もう他のことが頭に浮いており、そちらの方が気に掛かった。
[これを外でも着られないか]
シスターに見せたい。孤児院の皆にも。町の人達にもだ。
溜息と一緒に肩を落とす。
(無理か……)
わかってしまうのだ。力の使い方と同じく。
がっくしときた直後にハっとした。
今はそんな場合ではなく、行かねばならない。
気を取り直して、いざ、中へ。
おっかなびっくりラビリンスへと足を踏み入れる。
「きゅ、急に出てくるとかはやめてよ……、怖いからっ!」
入り口をくぐれば、石壁に覆われた湾曲した通路が前に伸びており、壁には松明が規則的に掛けられていて明るい。奥までしっかり見通せる。
慎重に歩を進めていきながら、身を隠せそうな場所をレトリは探すが。
ない。なんにもない。柱の一つもないのだ。
それが不安に感じてくる。
もし今モンスターに出くわしたらと思うと、怖くてたまらない。
緊張感が凄まじく、思わず胸に手を置いた。
心臓が痛いほどに内側からノックしてきており、呼吸も上がってきている。
何度も深呼吸をして、心を落ち着かすことに励む。
(落ち着け……、落ち着けー……)
まだ何も出てきていないのに、こんなことで大丈夫なのだろうか。
逃げ帰りたい気持ちでいっぱいなのだが、踏み止まった。
それと同時に乱れていた呼吸も収まっていき、落ち着きを取り戻してもくる。
(よし! 頑張れわたし! 負けるな、わたし!)
大体、何のためにここへ来たという話。
何もせず帰ったとあっては、良い笑いものになろう。
何より、町の皆の期待を裏切ることになる。
それだけは避けたい。
精神を集中し、閉じていた目をカッと開くと、両手を前に翳した。
「こい、赤いステッキ!」
戦う為の武器ならあるのだ。呼び出し方も無論知っている。
口にすると同時に手に吸いつくようにそれは現れる。
頭の部分には、名前通りの赤い水晶が飾られており、ぎゅっと抱くように持って、改めて攻略を開始。
出ない。出ない。モンスターが出てこない。
(……なんで?)
どれだけ進もうと状況に変わり映えがなく、怖さなど疾うに薄れ、退屈にも感じてきていた。
最初は亀のように遅かった進行速度も、兎とまではいかないが、いまは人間らしくはなった。
おかしい。ラビリンスには、沢山のモンスターがいると聞いていたのだが。
(──ていうか、いまどこ。ここどこ‼)
時計回りにぐるぐると、ひたすら円を描き続けるように回らされているということだけは、わかるのだが。
通路の様相自体は特段変わっておらず、進展具合というのがわかりづらい。
もしやこれは、ずっと同じ所を回らされているのでは。そんな気も。
(あっ、あの子が全部倒していったから、それでか──‼)
一つ前のことで思い当たることがあり、今し方考えていたことは、全部頭から飛んだ。
(あるって! 全然ある! 慣れてる感ばりばりあったし。怖がってなかったもんね!)
だとしても、早すぎる、という気はしている。
しかし実際、入ってからは一度も見ていない。あの子も、モンスターも。
ならもうずっと先に行っているということは、明らか。
つまり、ここでモタモタしているだけ、無駄なのでは。と思った直後に気付く。
「あー……」
これはともすれば、このまま何もすることなく、終わる可能性もある。
「あはは……」
引き攣った笑いももれる。まさか、とは思っているが。
もしそうなろうものなら、自分はどんな顔をすることになるか。
きっと拍子抜けとは、思うことにはなろう。
楽できるうえに怖い思いをすることもなくなる為、素晴らしいことにも思えるが、得られるはずの物も同時に手に入らなくなる。
称賛の言葉や感謝の言葉、しかし、いま頭に浮いているのは、シスターからモンスターを倒した際には、必ず拾ってくるよう言われた品であり、所謂、ドロップ品というやつである。
原理は不明だが、浄化を完了させた証なのだと。
「まあ、いいか。それでラビリンスがなくなるのなら、万々歳じゃん。そうだよ、それでみんな救われるんだから、わたしも何もしなくていいんだから。良いこと尽くめじゃん」
実際、一番の目的は、いま口にしたことであり、ラビリンスを森からなくすこと。
最奥に待ち構えていると聞かされた、ここのボスを倒して。
「おし、もう考えるのはヤメヤメ!」
頬を両手で打って気合を入れ直し、今はひたすら進もうと心に決める。
が、結局最後まで、モンスターとは会えずじまいで、通路の終わりに着く。長かった。
もう疲れたって‼と、叫びたくなるくらには。内ではやった。
両手でメガホン作ってだ。
前には天高く伸びる螺旋階段。傍まで来て、見上げた。
(たっか……)
これまた終わりの見えない代物であり、凝ったものだとも思う。
形状そのものが。
何より大きく、立派で、見ていると大きな宮殿の内部に迷い込んでしまったかのような感覚になる。
いまは自分もお姫様と、スカートを汚さぬよう軽くたくし上げてみると、気分が乗った。
「へへ」
笑いがもれる。準備は万端、駆け登る。
元々体力には自信があり、精神的に疲弊していただけで、その気力が戻れば、階段くらいはなんのその。
鼻歌うたって駆けて行く。
ひたすら歩かされ続けた一階もこれで終わり。
暇すぎたせいで、思わぬ発見があったりもしたが、次はいったいどんな所か。何がお見えするのやら。
くるくる上がって、最終コーナーを曲がった直後、予想だにしないものをレトリは目にして、足を止めることになる。
(え、空……?)
先にはそれが映る。
風も吹いてきており、まさか本当に天まで、空にまで続いていたというのか。
実際、かなりの段を登ったと思っており、ないとも思えない。
息を呑むような顔をして、終わり間近の段を最後まで上がった。
「ウソォー……」
目に飛び込んできたのは、頭に浮いていた空の上にあるという黄金の園、ヴァルハラのような景観ではなく、荒涼とした大地であり、
「ここ、ドコォ?」
そう思わずには、いられない。ただただ、困惑する。