天使か悪魔かそれとも魔女か~負の魂集う墓標のラビリンス~

Warning!ボス戦 前編

「──のヤロウ! いきなりかましてくれるじゃねぇか」

ゴルの頭が先に持ち上がる。

「アッタマにきたぜ。二重の意味でなぁっ!」

歯を食いしばって立つと同時、どしん、どしんと地響き立つ。
巨人が床を踏み鳴らして向かってくる。

(む、むちゃだよ……。こんな大きいの、いったいどうやって────)

まるで、山が向かってくるかのようだ。
足元揺れる中、レトリはその眼前の光景に圧倒されて身を竦ませており、

「おい、早く立て! 踏み潰されたくなかったらな!」

そう声を掛けられても立てずにいた。
チッ、と横で舌打ちがもれる。

「だから忠告しておいてやったろうが」

ゴルの左腕が持ち上がった。
真っ直ぐ上に掲げた状態で右手で掴んでそれを固定する。
自らを砲台のようにして、構えた。

その腕に付いた機械の先、丸い穴から青い光が覗いて灯る。

シュワッ、シュワッ、と奇怪な音が立て続けに鳴り、同じ数だけ光が宙を走って筋を引いた。

まるで、流星。
一瞬のその光景に、レトリの目は奪われていた。

(あの光──)

胸に当たっていたが、吸い込まれるように消え、痛がる素振りもない。

「ああ? 胸の鎧が分厚すぎて通らないとかか? 頭って線もあるか──」

ゴルは眉を寄せつつ、狙いを変えて同じことをやっていたが、結果は同じ。
すぐさま逆の腕の機械から光を伸ばして、剣を作ると、飛び出していった。

「だったら足を斬り落として、そのあとじっくり調理してやるよ!」

無茶だ、無謀と思い、待ってとレトリは言おうとするが、声がうまく出ていかない。
なら、と追いかけようとしても足が言うことを聞いてくれない。

(なんで! 早く言わないとだめなのに──)

恐怖がその身を縛る。
それでも気力を振り絞り、立つには立てたが、それだけだ。

何もできずにただ、離れていくゴルの背を目で追っていたら、ぶんと大きな音が立って、風を浴びる。思わず目が上を向いた。

その目に映ったのは、巨人が特大の剣を抜き放った姿であり、両手で持って、高く掲げ、構えていた。

レトリの顔は凍り付く。
想像したくもない未来が見えて、息を呑む。

目を覆いそうになった次の瞬間、向かっていくゴル目掛けて、天から振り下ろされるその豪快な一撃は、落ちた。

ゴガァン、と傍で雷でも落ちたような音が鳴る。
その衝撃の余波で噴き上がるように粉塵も舞った。
視界を覆う。

「ツゥ────ッ!」

飛び散った無数の床の破片が、身の傍を走り抜けていった。

ゴルは、どうなった。

足元も大きく揺れ動いており、確認しようにもそれどころではない。

それが収まると、顔を庇っていた腕の隙間から覗き見て、周囲を確認する。

前は煙に覆われていたが、巨人の踏み抜きで一気に払われ、目にする。

なんとあれをゴルは搔い潜っていたようで、既に足元の所にまで潜り込んでおり、素早い動きで巨人を引っ掻き回し、一方的に斬りつけてもいる。

(すごい……)

安堵するより先にそんな感想が心の中でもれ、呆気に取られた顔で、両者の戦いを見守っていたら、振り回されていた巨人が、突然大きく跳躍をして、目も上へ。

巨体が宙を舞っていた。
身を回しながら大きく横に移動して、着地。

そんな巨体で宙返りとは、まさかと思うような身軽な動きで一気に距離を空けかと思えば、再び剣を振り上げる。

嫌な予感がした。

「────っ、ゴルくん、気を付けてっ!」

今度はなんとか声を出せたのは、幸い。
が、頭の中では危険を知らせる警鐘が止む気配を見せず、急に場を支配し始めた静寂と、それに伴う緊張感からか、身体中から汗が溢れ出し、滴ってもくる。

巨人の構えがさっきと違うのだ。
身を捻って、さっきよりも力を加えるような体勢だ。
何か仕掛けてくる気配がある。

ゴルも同様の気配を感じ取っているのか、その場に留まり、巨人の動向に意識を集中している様子。

やや前傾姿勢となったその姿は、狙いをつけている猫をどこか彷彿とさせ、直後。

巨人が動きを見せた。
その場で剣を振り下ろす。

ゴルもそれと同時にスタートを切った。

さっきもやった正面突撃。やるとは思っていたのだが。

うそ、ほんとにやるか!?と驚いている間に、床を穿った巨人の剣の先から迸るように生じた衝撃破が、破壊を撒き散らしながら走り抜けていく。

前方にいたゴルをそのまま腹に呑み込んだ。

見つめるレトリの両目も大きく見開く。

その目には、口から吐き出されるように宙に弾きあげられたゴルが映っており、床に落ち、ごろごろと転がっていくさまを見ていたら、顔から血の気も引いてくる。

「ご、ゴルくん──‼︎」

真っ青になりながら傍まで駆け寄った。

「うそ、やだ……。こんな、血が……」

抱き起せばぐったりしており、声も震える。
もしや、死んでしまったのか。
それともまだ──と確認する暇すら与えては貰えず。

巨人の上げる勝ち鬨のような雄たけびに、レトリは頭を揺らされた。
すぐさま地面も揺れ出す。

向かって来ていることは明白。
あの足の大きさ。来るまでの時間は僅かと言える。

頭の痛みだとか、感じる恐怖だとか、そんなことは今、一切気にしていられず、気付けば立ってステッキ握りしめ、巨人と向かい合っていた。

いいや駆け出し迎え撃つ。

「あああああああああっ‼」

腹の底から声を上げ、身を奮い立たせて立ち向かう。

無論、勝ち目あっての行動などではない。
しかし今は、瞬時に下したその判断に身を委ねるほかなく、玉砕覚悟で一矢報いることを考えるのだが。

その巨体を目の前にした瞬間、その決死の覚悟が大きく、揺らぐことになった。

怖くて堪らない。

途端に歯の音が合わなくなり、頭の中も死の恐怖に埋め尽くされていく。

(なんでこんなことしてるんだろう、わたし──)

自分が愚か者にしか思えず、馬鹿だ馬鹿だと、そんな自分を心の中で何度もなじる。

誰か、お願い助けてと、ここにはいない誰かにも救いの手を求めた。

しかしその時だ。後ろのゴルが頭を過ぎる。

(わたしは誰に──、誰に助けを求めてるんだよ。今他に誰が)

歯を食いしばった。内で叫ぶ。

(誰がゴルくんを守れるって言うんだよ‼ 戦えレトリ‼)

勇気を振り絞ると同時だ、身の震えが収まってくるのを感じた。
力も湧いてくる。

「こい、巨人っ‼ わたしが相手だっ‼ やれるものならやってみろっ‼」

大きな大きな啖呵を切って轟かすと、これまで感じたこともないほど血が熱く沸き立ち、集中力も増していく。
巨人の一挙手一投足を見逃すまいと鋭く細められた目が、素早い手の動きを捉える。

剣を握る手を一瞬にして翻した。
その動きだけで剣を振ってくるさまは、まさに早業。
その見た目に反して鈍重でない。疾風が吹く。

身の毛もよだつ風切り音を立てながら、どでかい柱にしか見えない刃が横から迫りくる。

(あれ……? なんか止まってる……?)

それをそう捉えてしまうほどの常人離れした身体能力が、その時物を言った。

レトリは、瞬時に後ろに大きく跳躍。

その場に残るのは、床に刻みつけられた靴跡だけであり、巨人の一撃は何も捉えることなくその上を通過していく。

激しく翼を振る羽音が立つ。
すかさず攻撃に転じたレトリが狙うのは、巨人の目玉だ。

そこを攻撃されて怯まない相手などいない。

羽虫でも払うように傍でばたばたと手を振られ、はたき落とされそうにもなるが、逆に左右に振って翻弄も仕返し、加速していく。
頭の上まで来ると狙いをつけ、身を回転させた。

「これでも、くらっとけぇええーっ!」

落下の勢いも乗っけた両足蹴りを放つ。
咄嗟にすっと顔を引かれてしまったせいで、狙いからは大分逸れてはしまったが、アゴの端には当たった。

巨人がよろめいて、そこを押さえて膝をつく。
一番驚いていたのは、やった本人だ。
思いのほか効いた。

このまま立て続けにいけばと思うが、キックなんかでいくよりも、もっと良い方法が頭に浮き、ステッキを前に出す。
そのまま意識を集中した。

『我が血を浴びて────』

魔法を使う為の言葉が自然と頭に浮いてくる。
すかさず口にし唱えた。

「我が血を浴びて、のたうち回れ‼ “血の炎”」

ステッキの先、赤い水晶から眩い光が放たれる。
間髪入れずに振った。

血のような赤い液が水晶から飛び散り、落下していって巨人の鼻の辺りにかかる。

直後、その液は業火と変わって燃え盛り、顔全体にまで広がっていく。

「魔法って、こんなすごいんだ……」

唖然とする光景であり、すぐにのたうつ巨人の上げる声が、辺りに響く。

しばしの間、その苦しむ姿を呆けたような目で見つめていたが、ハっと我に返ると、ビシっと巨人を指差して、降参を促す。

「どうだ恐れ入ったか! 参ったか!」

高揚感が身を包む。
自分にもできた。やってやったと喜んでいたのも束の間、闇雲に振り回され始めた剣がその身に迫り、慌ててその場から撤退。

(うわひ!? あっぶな……)

少し距離を置いた場所で、様子を窺っていたら、シュィーンと覚えのある音がして、何か考えるより先に音の出所に目が向かう。

その姿を目にした瞬間、感極まるような想いで胸がいっぱいになる。

(生きてた──‼ ゴルくん生きてたよ──‼)

いままさに立ち、駆けだそうとしていたところで、そこまで飛んで行って合流。
潤んだ瞳で見ていたら、肩の上に手を置かれ、

「よくやった」

そう言われた際には、堪え切れなくなって、袖で目を擦り、そのまま覆った。
声を震わせる。

「死んだかと思った。よかった──」
「勝手に殺すな。しかしまさかお前に助けられることになるとはな。自分でも情けないとは思ってて──て、おぉおっ!?」

気付けばゴルに抱きついており、「よかった」とレトリはもう一度口にする。

「は、放せ。ばか、死ぬ……」

そう言われて、ハっとして離れるが、今はもうどんな言葉を掛けたらいいのか、わからない。

「くっ、いってぇな……」

ただただ嬉しくて、ただただその顔を見ていたら、顔を歪めていたゴルの表情が、眉を寄せるものへと変わる。

「なんで、なんでお前はさっきから、泣いてんだ……?」

心底わからないといったふうに、頭を掻くように髪の毛掴んで、目を逸らし、

「別に俺がどうなろうと、お前には関係ないというか」
「そんなの嬉しいからに決まってるじゃん」

しっかり言葉にして伝えると、ゴルはその状態で動きを止め、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でもある。

「なら、泣くな!」

少しして、怒り出すように言った言葉がそれであり、その後にぶつくさも言っていた。

「お前は女の涙に男が弱いのを知らんのか! それはもう一般常識というか、社会の通念とでも言ったらいいのか、クッソ、わけわかんなくなってきたな。昔はハンカチ渡すとかもやってたけどな、俺がお前にそれやってもなんか変だろ。変な感じになるだろ、それ。俺の柄でもないしだな……」

それが可笑しくて、レトリは思わず吹き出し笑っていた。
口元に置いていた指を目元に持っていき、余計に浮くことになった涙を拭う。

「ゴルくんにもそういうとこあるんだね。意外」

「あるだろ、そりゃ。大体お前は俺を何だと──、嫌味なことばっか言ってくるいけ好かない野郎ってか」

「ちょっと答えにくい、かな」

「俺も諸事情でイライラしててだな。いまそんな話どうでもいいか。見ろ」

後ろを見るよう促されて、目を向ければ、巨人は顔を片手で押さえ、蹲ってはいたのだが。

頭を覆っていたはずの火は既に大分薄れて、僅かな火を残すだけとなっており、再び動き出すのも時間の問題か。

レトリはステッキを握りしめ、再び闘志を燃やす。

今一度同じことをやる必要があると思った。
それでも駄目なら、何度でも、倒れるまでだ。

戦う為の炎は、まだ少しもその勢いを衰えさせてはいない。

「ゴルくんはもうここで休んでて。あの巨人はわたしが倒してくるから」
「ほう、威勢のいいことだな。俺が寝てる間に心境の変化でも起きたか。びっくりだな」

巨人に向けていた目を後ろに戻した。

「茶化すような時」
「やる時はやる奴になったってことだろ」
「それは、まあね。大変だったから」

「なら聞け。あのデカブツをぶっ倒すには、多分お前の火じゃ駄目だ。もっとでかい一発がいる。奥の手があるんだ」

レトリの眉は寄る。

「奥の手って、何かするにしてもその怪我じゃ──」
「俺らはここに遊びに来たわけじゃない。もう理解はしてると思っていたんだがな」

「そんなのわかってる。その遠回しな感じで言うの、やめて。わたし頭悪いから。もっとわかりやすく」
「余計な気遣いだって言ってんだよ。お前にはもっと大事な役目がある」

肩に手が伸びてきて、横に押しのけられた。

前に出たゴルは、直後に振り向いてくる。

持ち上げた拳をこちらの胸の前に突き出してもくる。

「もし俺の奥の手で仕留め切れなかったら、とどめ、任せていいか」

レトリはその言葉に頷けずにいたのだが、引いてはくれないことを、真っすぐに見てくるその目から察すると、溜息落として、その手を取った。

「わかった。何するつもりかは知らないけど、任せて」
「はぁー……、ははっ」
「え、なに?」
「しまらねぇなぁと思ってな」

項垂れていた首を持ち上げたゴルの顔には、呆れ交じりの笑みが浮く。

「普通は打ち返すんだよ。常識だろ」
「じょ、常識とか言われても。知らないよ」
「別に責めてるわけでもない。それより手を放せ」

忘れていたと思い、言われた通りにすれば、ゴルはすぐさま行ってしまう。
最初と違って、頼もしい背に映る。
レトリはしばらくの間、その後ろ姿に見入っていた。

(無茶だけはしないでよ。ゴルくん──)

その身から変身する時のような眩い光をゴルは上げていた。
が、ボスの懐に飛び込む直前で、その光がふっと消えるのを目にする。

その時ゴルは、片手で掴んだ胸のコアに、身に纏う機械の、魔導兵士の全エネルギーを集約させており、

(こいつはさっきの礼だ。祈りな)

瞼を持ち上げた顔からは、気迫が放たれる。
コアがその力に耐えきれずひび割れを起こすと同時、あらん限りに口が開いて、声が上がった。

「お前も、天までぶっ飛ばないことをなあっ‼」

再び強烈な光が放たれて、大爆発が起きる。
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