天使か悪魔かそれとも魔女か~死者集う墓標のラビリンス~
Warning!ボス戦 前編
「──のヤロウ! いきなりかましてくれるじゃねぇか」
ゴルの頭が先に持ち上がる。
「アッタマにきたぜ。二重の意味でなぁっ!」
歯を食いしばって立つと同時、どしん、どしんと地響き立つ。
巨人が床を踏み鳴らして向かってくる。
(む、むちゃだよ……。こんな大きいの、いったいどうやって────)
まるで、山が向かってくるかのようだ。
足元揺れる中、レトリはその眼前の光景に圧倒されて身をすくめており、
「おい、早く立て! 踏み潰されたくなかったらな!」
そう声を掛けられても立てずにいた。
チッ、と横で舌打ちがもれる。
「だから忠告しておいてやったろうが」
ゴルは左腕を高く持ち上げると、真っ直ぐ伸ばした状態で右手で掴んでそれを固定する。
自らを砲台のようにして、構える。
その腕に付いた機械の先端の丸い穴から青い光が覗いて灯る。
シュワッ、シュワッ、と奇怪な音が立て続けに鳴り、同じ数だけ光の筋が宙を走った。
まるで、流星。
一瞬のその光景に、レトリの目は奪われていた。
(あの光──)
胸に当たっていたが、吸い込まれるように消え、痛がる素振りもない。
「ああ? 胸の鎧が分厚すぎて通らないとかか? 頭って線もあるか──」
ゴルは眉を寄せつつ、狙いを変えて同じことをやっていたが、結果は同じ。
すぐさま逆の腕の機械から光を伸ばして、剣を作っていた。
一人飛び出していく。
「だったら足を斬り落として、そのあとじっくり調理してやるよ!」
無茶だ、無謀と思い、待ってとレトリは言おうとするが、声がうまく出ていかない。
なら、と追いかけようとしても、できなかった。
(立てよ、わたし! 早く言わないとだめなのに──)
恐怖がその身を縛る。
それでも足に力を込め、立つには立てたが、それだけで気力を使い果たす。
何もできずにただ、離れていくゴルの背を目で追っていたら、ぶんと大きな音が立って、風を浴びる。思わず目が上を向いた。
その目に映ったのは、巨人が特大の剣を抜き放った姿であり、両手で持って、高く掲げ、構えていた。
レトリの顔は凍り付く。
想像したくもない未来が頭には浮いており、息を呑む。
目を覆いそうになった次の瞬間、向かっていくゴル目掛けて、天から振り下ろされるその豪快な一撃は、落ちた。
ゴガァン、と傍で落雷でもあったような音が轟く。
その衝撃の余波で噴き上がるように粉塵も舞った。視界を覆う。
ゴルは、どうなった。
飛び立った無数の床の破片が、身の傍を走り抜けていく。
「ツゥ────ッ!」
足元も大きく揺れており、確認しようにもそれどころではない。
それが収まると、レトリは顔の前を覆っていた腕の隙間から覗き見て、辺りを確認する。
前は煙に覆われていたが、巨人の踏み抜きで一気に払われ、目にする。
なんとあれをゴルは搔い潜っていたようで、既に足元の所にまで潜り込んでおり、素早い動きで巨人を引っ掻き回し、一方的に斬りつけてもいる。
(すごい……)
安堵するより先にそんな感想が心の中でもれ、呆気に取られた顔で、両者の戦いを見守っていたら、振り回されていた巨人が、突然大きく跳躍をして、目を高く持ち上げる。
巨体が宙を舞っていた。
上で身を回転させながら大きく横に移動して、着地。
そんな巨体で宙返りとは、まさかと思うような身軽な動きで一気に距離を空けかと思えば、再び剣を振り上げる。
嫌な予感がした。
「────ゴルくん、気を付けてっ!」
レトリは声を上げる。今度はなんとか声を出せたのは、幸い。
が、頭の中では鳴り響き始めた危険を知らせる警鐘が止む気配を見せず、急に場を支配し始めた静寂と、それに伴う緊張感からか、身体中から汗が溢れ出し、滴ってもくる。
巨人の構えがさっきと違うのだ。
身を捻り、より力を加えるかのような体勢を取っており、何か仕掛けてくる気配がある。
ゴルも同様の気配を感じ取っているのか、その場に留まり、巨人の動向に意識を集中している様子。
やや前傾姿勢となったその姿は、狙いをつけている猫をどこか彷彿とさせ、直後。
巨人が動きを見せた。
その場で剣を振り下ろす。
ゴルもそれと同時にスタートを切った。
さっきもやった正面突撃。やるとは思っていたのだが。
うそ、ほんとにやるか!?と驚いている間に、巨人が床を砕き割り、剣先から迸るように生じた破壊を撒き散らす衝撃波が、土煙を上げながら凄い速さでゴルの方へと走り抜けていく。
次の瞬間、その身を丸呑みにした。
見つめるレトリの両目も大きく見開く。
その目に映るのは、吐き出されるように上に弾きあげられたゴルの姿であり、床に落ち、ごろごろと転がっていくさまを見ていたら、顔から血の気も引いてくる。
「ご、ゴルくん──‼︎」
真っ青になりながら傍まで駆け寄った。
「うそ、やだ……。返事をしてよ。目を覚まして……」
抱き起せばぐったりしており、声も震える。
もしや、死んでしまったのか。それともまだ──と考える暇すら与えては貰えないようだ。
巨人の上げる勝ち鬨のような雄たけびに頭を揺らされた。
すぐさま地面も揺れ出す。
向かって来ていることは明白。
あの足の大きさ。来るまでの時間は僅かと言える。
頭の痛みだとか、感じる恐怖だとか、そんなことは今、一切気にしていられず、気付けばステッキを握りしめ、レトリは巨人と向かい合っていた。
いいや駆け出し迎え撃つ。
「あああああああああっ‼」
腹の底から声を上げ、身を奮い立たせて立ち向かう。
無論、勝ち目あっての行動などではない。
しかし今は、瞬時に下したその判断に身を委ねるほかなく、玉砕覚悟で一矢報いることを考えるのだが。
その巨体を目の前にした瞬間、その決死の覚悟が大きく、揺らいでいた。怖くて堪らなかった。
途端に歯の音が合わなくなり、頭の中も死の恐怖に埋め尽くされていく。
(なんでこんなことしてるんだろう、わたし──)
自分が愚か者にしか思えず、馬鹿だ馬鹿だと、そんな自分を心の中で何度もなじる。
誰か、お願い助けてと、ここにはいない誰かにも救いの手を求めた。
しかしその時だ。後ろで倒れたゴルの姿が脳裏を過ぎった。
(わたしは誰に──、誰に助けを求めてるんだよ。今わたし以外に、他の誰がいるっ!)
レトリは震える身にぐっと力を込めると、歯を食いしばる。内で叫んだ。
(今他に誰が、ゴルくんを守れるって言うんだよ‼ 戦えレトリ‼)
力が湧いてくるのを感じた。心が燃え上がる。身の震えも収まってきた。
喉の奥から声を振り絞る。
レトリは、巨人相手に大きな大きな啖呵を切って、この場に轟かす。
「こい、巨人っ‼ わたしが相手だっ‼ やれるものならやってみろっ‼」
身の内側では、これまで感じたこともないほど血が熱く沸き立っており、集中力も増していく。
巨人の一挙手一投足を見逃すまいと鋭く細められた目が、素早い手の動きを捉える。
剣を握る手を翻した。その動きだけ剣を振ってくるさまは、まさに早業。
その見た目に反して鈍重でない。疾風が吹く。
身の毛もよだつ風切り音を立てながら、どでかい柱にしか見えない刃が横から迫りくる。
(あれ、遅い……、あの時みたい、止まってる?)
それをそう捉えてしまうほどの並外れた動体視力と、反射神経が物を言った。
レトリは即応して、後ろに大きく跳ぶ。
床に残るのは、恐ろしいまでの脚力で刻みつけられた靴跡であり、巨人の一撃は何も捉えることなくその上を通過していく。
レトリはすかさず羽ばたいていっており、上を目指す。狙いは、巨人の目玉だ。
そこを攻撃されて怯まない相手などいない。
傍で手をばたばたと振られ、羽虫のような気分も味わわされたが、左右に振って翻弄してやり、加速していく。
頭の上で狙いをつけると、身を回転させた。
「これでも、くらっとけぇええーっ!」
落下の勢いも乗っけた両足蹴りを放つ。
咄嗟にすっと顔を引かれてしまったせいで、狙いからは大分逸れてしまったが。アゴの端には当たった。
巨人がよろめいて、そこを押さえて膝をつく。
一番驚いていたのは、やった本人だ。
思いのほか効いた。
このまま立て続けにいけばと思うが、打撃でいくよりもっと良い方法が頭に浮き、ステッキを前に構える。
そのまま意識を集中した。
『我が血を浴びて────』
魔法を使う為の言葉が自然と頭に浮いてくる。
すかさず口にし唱えた。
ステッキの先、赤い水晶が眩い光を放つ。
「我が血を浴びて、のたうち回れ‼ “血の炎”」
間髪入れずに振る。
先から血のような赤い液が飛び散り、落下していって巨人の鼻の辺りにかかる。
直後、その液は業火と変わって燃え盛り、顔全体にまで広がっていく。
唖然としてしまう光景であり、すぐに巨人の苦しむ声が響き渡った。
その火を消そうとのたうち回りもする。
「魔法って、こんなすごいんだ……」
レトリはステッキを見つめたまま、しばしの間、放心状態にあり、我に返るとビシっと巨人の方を指差して、大きな声で、降参を促す。
「どうだ恐れ入ったか! 参ったか!」
高揚感が身を包む。
自分にもできた。やってやったと喜んでいたのも束の間、闇雲に振り回され始めた剣がその身に迫り、慌ててその場から撤退。
(うわひ!? あっぶな……」
少し距離を置いた場所で、様子を窺っていたら、シュィーン、と覚えのある音がして、何か考えるより先に音の出所に目が向かう。
その姿を目にした瞬間、心が打ち震えた。
(生きてた──! ゴルくん生きてたよ──!)
感極まる思いで胸はいっぱいであり、涙も溢れそうになる。
いままさに立ち、駆けだそうとしていたところで、そこまで飛んで行って合流。
潤んだ瞳で見ていたら、肩の上に手を置かれた。
「よくやった」
そう言われた際には、堪え切れなくなって、袖で目を擦り、そのまま覆った。
声を震わせる。
「死んだかと思った。よかった──」
「勝手に殺すな。しかしまさかお前に助けられることになるとはな。自分でも情けないとは思ってて──て、おぉおっ!?」
気付けばゴルに抱きついており、「よかった」とレトリはもう一度口にする。
「は、放せ。ばか、死ぬ……」
そう言われて、ハっとして離れるが、今はもうどんな言葉を掛けたらいいのか、わからない。
「くっ、いってぇな……」
ただただ嬉しくて、ただただその顔を見ていたら、痛みに顔を歪めていたゴルの表情が、変わる。
眉を寄せていた。
「なんで、なんでお前はさっきから、泣いてんだ……?」
そう言うと、頭を掻くように髪の毛掴んで、目を逸らし、
「別に俺がどうなろうと、お前には関係ないというか」
「そんなの嬉しいからに決まってるじゃん」
しっかり言葉にして伝えると、ゴルはその状態で動きを止め、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でもある。
「なら、泣くな!」
少しして、怒り出すように言った言葉がそれであり、その後にぶつくさも言っていた。
「お前は女の涙に男が弱いのを知らんのか! それはもう一般常識というか、社会の通念とでも言ったらいいのか、クッソ、わけわかんなくなってきたな。昔はハンカチ渡すとかもやってたけどな、俺がお前にそれやってもなんか変だろ。変な感じになるだろ、それ。俺の柄でもないしだな……」
それが可笑しくて、思わずレトリは吹き出し笑っていた。
口元にあった指を目元に持っていき、余計に浮くことになった涙を拭う。
「ゴルくんにもそういうとこあるんだね。意外」
「あるだろ、そりゃ。大体お前は俺を何だと──、嫌味なことばっか言ってくるいけ好かない野郎ってか」
「ちょっと答えにくい、かな」
「俺も諸事情でイライラしててだな。いまそんな話どうでもいいか。見ろ」
後ろを見るよう促されて、目を向ければ、巨人は顔を片手で押さえ、蹲ってはいたのだが。
頭を覆っていたはずの火は既に大分薄れて、僅かな火を残すだけとなっており、再び動き出すのも時間の問題か。
レトリはステッキを握りしめ、闘志を戻す。
今一度同じことをやる必要があると思った。
それでも駄目なら、何度でも、倒れるまでだ。
戦う為の炎は、まだ少しもその勢いを衰えさせてはいない。
「ゴルくんはもうここで休んでて。あの巨人はわたしが倒してくるから」
「ほう、威勢のいいことだな。俺が寝てる間に心境の変化でも起きたか。びっくりだな」
振り返った。
「茶化すような時」
「やる時はやる奴になったってことだろ」
「それは、まあね。大変だったから」
「なら聞け。あのデカブツをぶっ倒すには、多分お前の火じゃ駄目だ。もっとでかい一発がいる。奥の手があるんだ」
その言葉を聞いた瞬間、眉が寄った。
「奥の手って、何かするにしてもその怪我じゃ──」
「俺らはここに遊びに来たわけじゃない。もう理解はしてると思っていたんだがな」
「そんなのわかってる。その遠回しな感じで言うの、やめて。わたし頭悪いから。もっとわかりやすく」
「余計な気遣いだって言ってんだよ。お前にはもっと大事な役目がある」
肩に手が伸びてきて、横に押しのけられた。
前に出たゴルは、すぐさま振り向いてくる。
持ち上げた拳を、軽く胸の前に突き出してきた。
「もし俺の奥の手で仕留め切れなかったら、とどめ、任せていいか」
レトリはその言葉に頷けずにいたのだが、引いてはくれないことを、真っすぐ見てくる目から察すると、溜息落として、その手を取った。
「わかった。何するつもりかは知らないけど、任せて」
しかし溜息をし返される。項垂れてくれてもいた。
笑ってもいたが。
「はぁー……、ハハ」
「え、なに?」
「しまらねぇなぁ」
その垂れた首を持ち上げたゴルの顔には、疲れたような笑みが浮く。
「普通は打ち返すんだよ。常識だろ」
「じょ、常識とか言われても。知らないよ」
「別に責めてるわけでもない。それより手を放せ」
忘れていたと思い、言われた通りにすれば、すぐさま行ってしまう。
最初と違って、頼もしい背に映る。
レトリはその後ろ姿にしばらく見入っていた。
(無茶だけはしないでよ。ゴルくん──)
直前でゴルの身から変身する時のような眩い光が上がった。
大きく跳ねて、巨人の懐へとそのままの状態で突っ込んでいくと、ふっとその身に纏う光が消えるのを目にする。
その時ゴルは、片手で掴んだ胸のコアに、身に纏う機械の、魔導兵士の全エネルギーを集約させており、閉じた瞼を持ち上げたその顔からは、気迫が放たれていた。
(こいつはさっきの礼だ。祈りな)
コアがひび割れ砕けた瞬間、口があらん限りに開いて、声が上がった。
「お前も、天までぶっ飛ばないことをなあっ‼」
再び強烈な光が放たれて、大爆発が起きる。
ゴルの頭が先に持ち上がる。
「アッタマにきたぜ。二重の意味でなぁっ!」
歯を食いしばって立つと同時、どしん、どしんと地響き立つ。
巨人が床を踏み鳴らして向かってくる。
(む、むちゃだよ……。こんな大きいの、いったいどうやって────)
まるで、山が向かってくるかのようだ。
足元揺れる中、レトリはその眼前の光景に圧倒されて身をすくめており、
「おい、早く立て! 踏み潰されたくなかったらな!」
そう声を掛けられても立てずにいた。
チッ、と横で舌打ちがもれる。
「だから忠告しておいてやったろうが」
ゴルは左腕を高く持ち上げると、真っ直ぐ伸ばした状態で右手で掴んでそれを固定する。
自らを砲台のようにして、構える。
その腕に付いた機械の先端の丸い穴から青い光が覗いて灯る。
シュワッ、シュワッ、と奇怪な音が立て続けに鳴り、同じ数だけ光の筋が宙を走った。
まるで、流星。
一瞬のその光景に、レトリの目は奪われていた。
(あの光──)
胸に当たっていたが、吸い込まれるように消え、痛がる素振りもない。
「ああ? 胸の鎧が分厚すぎて通らないとかか? 頭って線もあるか──」
ゴルは眉を寄せつつ、狙いを変えて同じことをやっていたが、結果は同じ。
すぐさま逆の腕の機械から光を伸ばして、剣を作っていた。
一人飛び出していく。
「だったら足を斬り落として、そのあとじっくり調理してやるよ!」
無茶だ、無謀と思い、待ってとレトリは言おうとするが、声がうまく出ていかない。
なら、と追いかけようとしても、できなかった。
(立てよ、わたし! 早く言わないとだめなのに──)
恐怖がその身を縛る。
それでも足に力を込め、立つには立てたが、それだけで気力を使い果たす。
何もできずにただ、離れていくゴルの背を目で追っていたら、ぶんと大きな音が立って、風を浴びる。思わず目が上を向いた。
その目に映ったのは、巨人が特大の剣を抜き放った姿であり、両手で持って、高く掲げ、構えていた。
レトリの顔は凍り付く。
想像したくもない未来が頭には浮いており、息を呑む。
目を覆いそうになった次の瞬間、向かっていくゴル目掛けて、天から振り下ろされるその豪快な一撃は、落ちた。
ゴガァン、と傍で落雷でもあったような音が轟く。
その衝撃の余波で噴き上がるように粉塵も舞った。視界を覆う。
ゴルは、どうなった。
飛び立った無数の床の破片が、身の傍を走り抜けていく。
「ツゥ────ッ!」
足元も大きく揺れており、確認しようにもそれどころではない。
それが収まると、レトリは顔の前を覆っていた腕の隙間から覗き見て、辺りを確認する。
前は煙に覆われていたが、巨人の踏み抜きで一気に払われ、目にする。
なんとあれをゴルは搔い潜っていたようで、既に足元の所にまで潜り込んでおり、素早い動きで巨人を引っ掻き回し、一方的に斬りつけてもいる。
(すごい……)
安堵するより先にそんな感想が心の中でもれ、呆気に取られた顔で、両者の戦いを見守っていたら、振り回されていた巨人が、突然大きく跳躍をして、目を高く持ち上げる。
巨体が宙を舞っていた。
上で身を回転させながら大きく横に移動して、着地。
そんな巨体で宙返りとは、まさかと思うような身軽な動きで一気に距離を空けかと思えば、再び剣を振り上げる。
嫌な予感がした。
「────ゴルくん、気を付けてっ!」
レトリは声を上げる。今度はなんとか声を出せたのは、幸い。
が、頭の中では鳴り響き始めた危険を知らせる警鐘が止む気配を見せず、急に場を支配し始めた静寂と、それに伴う緊張感からか、身体中から汗が溢れ出し、滴ってもくる。
巨人の構えがさっきと違うのだ。
身を捻り、より力を加えるかのような体勢を取っており、何か仕掛けてくる気配がある。
ゴルも同様の気配を感じ取っているのか、その場に留まり、巨人の動向に意識を集中している様子。
やや前傾姿勢となったその姿は、狙いをつけている猫をどこか彷彿とさせ、直後。
巨人が動きを見せた。
その場で剣を振り下ろす。
ゴルもそれと同時にスタートを切った。
さっきもやった正面突撃。やるとは思っていたのだが。
うそ、ほんとにやるか!?と驚いている間に、巨人が床を砕き割り、剣先から迸るように生じた破壊を撒き散らす衝撃波が、土煙を上げながら凄い速さでゴルの方へと走り抜けていく。
次の瞬間、その身を丸呑みにした。
見つめるレトリの両目も大きく見開く。
その目に映るのは、吐き出されるように上に弾きあげられたゴルの姿であり、床に落ち、ごろごろと転がっていくさまを見ていたら、顔から血の気も引いてくる。
「ご、ゴルくん──‼︎」
真っ青になりながら傍まで駆け寄った。
「うそ、やだ……。返事をしてよ。目を覚まして……」
抱き起せばぐったりしており、声も震える。
もしや、死んでしまったのか。それともまだ──と考える暇すら与えては貰えないようだ。
巨人の上げる勝ち鬨のような雄たけびに頭を揺らされた。
すぐさま地面も揺れ出す。
向かって来ていることは明白。
あの足の大きさ。来るまでの時間は僅かと言える。
頭の痛みだとか、感じる恐怖だとか、そんなことは今、一切気にしていられず、気付けばステッキを握りしめ、レトリは巨人と向かい合っていた。
いいや駆け出し迎え撃つ。
「あああああああああっ‼」
腹の底から声を上げ、身を奮い立たせて立ち向かう。
無論、勝ち目あっての行動などではない。
しかし今は、瞬時に下したその判断に身を委ねるほかなく、玉砕覚悟で一矢報いることを考えるのだが。
その巨体を目の前にした瞬間、その決死の覚悟が大きく、揺らいでいた。怖くて堪らなかった。
途端に歯の音が合わなくなり、頭の中も死の恐怖に埋め尽くされていく。
(なんでこんなことしてるんだろう、わたし──)
自分が愚か者にしか思えず、馬鹿だ馬鹿だと、そんな自分を心の中で何度もなじる。
誰か、お願い助けてと、ここにはいない誰かにも救いの手を求めた。
しかしその時だ。後ろで倒れたゴルの姿が脳裏を過ぎった。
(わたしは誰に──、誰に助けを求めてるんだよ。今わたし以外に、他の誰がいるっ!)
レトリは震える身にぐっと力を込めると、歯を食いしばる。内で叫んだ。
(今他に誰が、ゴルくんを守れるって言うんだよ‼ 戦えレトリ‼)
力が湧いてくるのを感じた。心が燃え上がる。身の震えも収まってきた。
喉の奥から声を振り絞る。
レトリは、巨人相手に大きな大きな啖呵を切って、この場に轟かす。
「こい、巨人っ‼ わたしが相手だっ‼ やれるものならやってみろっ‼」
身の内側では、これまで感じたこともないほど血が熱く沸き立っており、集中力も増していく。
巨人の一挙手一投足を見逃すまいと鋭く細められた目が、素早い手の動きを捉える。
剣を握る手を翻した。その動きだけ剣を振ってくるさまは、まさに早業。
その見た目に反して鈍重でない。疾風が吹く。
身の毛もよだつ風切り音を立てながら、どでかい柱にしか見えない刃が横から迫りくる。
(あれ、遅い……、あの時みたい、止まってる?)
それをそう捉えてしまうほどの並外れた動体視力と、反射神経が物を言った。
レトリは即応して、後ろに大きく跳ぶ。
床に残るのは、恐ろしいまでの脚力で刻みつけられた靴跡であり、巨人の一撃は何も捉えることなくその上を通過していく。
レトリはすかさず羽ばたいていっており、上を目指す。狙いは、巨人の目玉だ。
そこを攻撃されて怯まない相手などいない。
傍で手をばたばたと振られ、羽虫のような気分も味わわされたが、左右に振って翻弄してやり、加速していく。
頭の上で狙いをつけると、身を回転させた。
「これでも、くらっとけぇええーっ!」
落下の勢いも乗っけた両足蹴りを放つ。
咄嗟にすっと顔を引かれてしまったせいで、狙いからは大分逸れてしまったが。アゴの端には当たった。
巨人がよろめいて、そこを押さえて膝をつく。
一番驚いていたのは、やった本人だ。
思いのほか効いた。
このまま立て続けにいけばと思うが、打撃でいくよりもっと良い方法が頭に浮き、ステッキを前に構える。
そのまま意識を集中した。
『我が血を浴びて────』
魔法を使う為の言葉が自然と頭に浮いてくる。
すかさず口にし唱えた。
ステッキの先、赤い水晶が眩い光を放つ。
「我が血を浴びて、のたうち回れ‼ “血の炎”」
間髪入れずに振る。
先から血のような赤い液が飛び散り、落下していって巨人の鼻の辺りにかかる。
直後、その液は業火と変わって燃え盛り、顔全体にまで広がっていく。
唖然としてしまう光景であり、すぐに巨人の苦しむ声が響き渡った。
その火を消そうとのたうち回りもする。
「魔法って、こんなすごいんだ……」
レトリはステッキを見つめたまま、しばしの間、放心状態にあり、我に返るとビシっと巨人の方を指差して、大きな声で、降参を促す。
「どうだ恐れ入ったか! 参ったか!」
高揚感が身を包む。
自分にもできた。やってやったと喜んでいたのも束の間、闇雲に振り回され始めた剣がその身に迫り、慌ててその場から撤退。
(うわひ!? あっぶな……」
少し距離を置いた場所で、様子を窺っていたら、シュィーン、と覚えのある音がして、何か考えるより先に音の出所に目が向かう。
その姿を目にした瞬間、心が打ち震えた。
(生きてた──! ゴルくん生きてたよ──!)
感極まる思いで胸はいっぱいであり、涙も溢れそうになる。
いままさに立ち、駆けだそうとしていたところで、そこまで飛んで行って合流。
潤んだ瞳で見ていたら、肩の上に手を置かれた。
「よくやった」
そう言われた際には、堪え切れなくなって、袖で目を擦り、そのまま覆った。
声を震わせる。
「死んだかと思った。よかった──」
「勝手に殺すな。しかしまさかお前に助けられることになるとはな。自分でも情けないとは思ってて──て、おぉおっ!?」
気付けばゴルに抱きついており、「よかった」とレトリはもう一度口にする。
「は、放せ。ばか、死ぬ……」
そう言われて、ハっとして離れるが、今はもうどんな言葉を掛けたらいいのか、わからない。
「くっ、いってぇな……」
ただただ嬉しくて、ただただその顔を見ていたら、痛みに顔を歪めていたゴルの表情が、変わる。
眉を寄せていた。
「なんで、なんでお前はさっきから、泣いてんだ……?」
そう言うと、頭を掻くように髪の毛掴んで、目を逸らし、
「別に俺がどうなろうと、お前には関係ないというか」
「そんなの嬉しいからに決まってるじゃん」
しっかり言葉にして伝えると、ゴルはその状態で動きを止め、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でもある。
「なら、泣くな!」
少しして、怒り出すように言った言葉がそれであり、その後にぶつくさも言っていた。
「お前は女の涙に男が弱いのを知らんのか! それはもう一般常識というか、社会の通念とでも言ったらいいのか、クッソ、わけわかんなくなってきたな。昔はハンカチ渡すとかもやってたけどな、俺がお前にそれやってもなんか変だろ。変な感じになるだろ、それ。俺の柄でもないしだな……」
それが可笑しくて、思わずレトリは吹き出し笑っていた。
口元にあった指を目元に持っていき、余計に浮くことになった涙を拭う。
「ゴルくんにもそういうとこあるんだね。意外」
「あるだろ、そりゃ。大体お前は俺を何だと──、嫌味なことばっか言ってくるいけ好かない野郎ってか」
「ちょっと答えにくい、かな」
「俺も諸事情でイライラしててだな。いまそんな話どうでもいいか。見ろ」
後ろを見るよう促されて、目を向ければ、巨人は顔を片手で押さえ、蹲ってはいたのだが。
頭を覆っていたはずの火は既に大分薄れて、僅かな火を残すだけとなっており、再び動き出すのも時間の問題か。
レトリはステッキを握りしめ、闘志を戻す。
今一度同じことをやる必要があると思った。
それでも駄目なら、何度でも、倒れるまでだ。
戦う為の炎は、まだ少しもその勢いを衰えさせてはいない。
「ゴルくんはもうここで休んでて。あの巨人はわたしが倒してくるから」
「ほう、威勢のいいことだな。俺が寝てる間に心境の変化でも起きたか。びっくりだな」
振り返った。
「茶化すような時」
「やる時はやる奴になったってことだろ」
「それは、まあね。大変だったから」
「なら聞け。あのデカブツをぶっ倒すには、多分お前の火じゃ駄目だ。もっとでかい一発がいる。奥の手があるんだ」
その言葉を聞いた瞬間、眉が寄った。
「奥の手って、何かするにしてもその怪我じゃ──」
「俺らはここに遊びに来たわけじゃない。もう理解はしてると思っていたんだがな」
「そんなのわかってる。その遠回しな感じで言うの、やめて。わたし頭悪いから。もっとわかりやすく」
「余計な気遣いだって言ってんだよ。お前にはもっと大事な役目がある」
肩に手が伸びてきて、横に押しのけられた。
前に出たゴルは、すぐさま振り向いてくる。
持ち上げた拳を、軽く胸の前に突き出してきた。
「もし俺の奥の手で仕留め切れなかったら、とどめ、任せていいか」
レトリはその言葉に頷けずにいたのだが、引いてはくれないことを、真っすぐ見てくる目から察すると、溜息落として、その手を取った。
「わかった。何するつもりかは知らないけど、任せて」
しかし溜息をし返される。項垂れてくれてもいた。
笑ってもいたが。
「はぁー……、ハハ」
「え、なに?」
「しまらねぇなぁ」
その垂れた首を持ち上げたゴルの顔には、疲れたような笑みが浮く。
「普通は打ち返すんだよ。常識だろ」
「じょ、常識とか言われても。知らないよ」
「別に責めてるわけでもない。それより手を放せ」
忘れていたと思い、言われた通りにすれば、すぐさま行ってしまう。
最初と違って、頼もしい背に映る。
レトリはその後ろ姿にしばらく見入っていた。
(無茶だけはしないでよ。ゴルくん──)
直前でゴルの身から変身する時のような眩い光が上がった。
大きく跳ねて、巨人の懐へとそのままの状態で突っ込んでいくと、ふっとその身に纏う光が消えるのを目にする。
その時ゴルは、片手で掴んだ胸のコアに、身に纏う機械の、魔導兵士の全エネルギーを集約させており、閉じた瞼を持ち上げたその顔からは、気迫が放たれていた。
(こいつはさっきの礼だ。祈りな)
コアがひび割れ砕けた瞬間、口があらん限りに開いて、声が上がった。
「お前も、天までぶっ飛ばないことをなあっ‼」
再び強烈な光が放たれて、大爆発が起きる。