天使か悪魔かそれとも魔女か~死者集う墓標のラビリンス~
手を振られ 馬車に揺られて 二人は 後編
「どうしたの?」
「いや、俺も想定が甘かった。俺一人ならうろちょろしてる時にめんどくせぇのに目をつけられたって、どうとでもなるんだがな……」
お前がいるからな、と目を向けられたレトリは、首をかしげる。
「どういうこと?」
「子供が金持ってるのがわかるとな、悪い大人が寄ってくるんだよ。お前そいつらと遣り合えるか? 俺はこの足だ。お前が捕まらないように立ち回ったりはできないぞ」
レトリは胸を張って言った。
「そんなの投げ飛ばしちゃえば楽勝だよ。わたし一回やったことあるし。この町でだよ」
「お前、マジか。アグレッシブだな」
「アグレッシブ?」
フッ、と笑いをこぼすと、ならいい、と言って、ゴルはいまからやることを話し出す。
「いいか」
それを聞き終わるとレトリは顔に自信を覗かせ、親指を立てた。すぐさま行動に移った。
ばびゅーんと駆けていき、驚くほどの早さで情報を仕入れて舞い戻ってくる。
「今からでもニャムテーに出発する馬車があるかもって。北の入り口だよ。いこ!」
「お、おう。こういう時はクソ役に立つのな……」
「何かトゲない? いいけど。それと、のんびりしてると間に合わないかもしれないから」
ゴルを抱き上げ、レトリは駆けていく。
「ちょっ、おま、やめろって! こんなとこで──」
「暴れないで。落っことすから」
「下ろせええええええええええええっ‼」
赤面しての叫びがこだましていた。
それからあれよあれよという間に事が進んで、気付けばその馬車の中だ。
後ろでは、手を貸してくれた人達が見送ってくれており、ゴルは改めて、レトリの持つ対人スキルの高さに驚嘆することにもなっていた。自身はほぼ見ていただけなのだ。
「お前マジ、すげーのな……」
「おじさん、おばさん、おねえさんも! ありがとー! ん? 今何か言った?」
「お前のおかげで楽できたって言ったんだよ。誰かと一緒にやるのも悪くはないなって思えた」
なんか自分で言ってて変な感じだがな。と付け加えると、ゴルは身を倒して寝転ぶ。
天蓋もついておらず、そうすると空をよく見渡せた。
頬を風が撫でていく。横からも身を倒した時に出る微かな風がきた。
「良い風。天気も超良いし、お日様の下でこうしてると眠くなってこない?」
「メシ食ったばっかだからな」
「ゴルくんはさ、ラビリンスに初めて一人で入った時、怖くなかった? これ聞いてなかったと思って」
踏み込んだ話にゴルは思う。
それを話すには、まだ話していない身の上話からする必要がある。
「別に」
隠した。
「動かない左足を自由に使えるようになって、多少の感動を覚えたくらいだな。他は何もねーよ。何もな」
「嘘」
その一言に大いに動揺したが、顔に出すのは堪えた。
気付かれないように静かに深呼吸を入れて、心を落ち着かす。
「嘘なんか言ってねーよ。大体なんでそう思ったんだ」
「わかるから。大体もしわたしが変なこと言ってたら、ゴルくん絶対そんなふうに聞いたりしてこないよね? 絶対もっと馬鹿にするか、違うって強く言ってる」
よく見てるな。鋭い。それとも女の勘とやらで察したか。
色々思うが、口から出たのは、ただの舌打ちだ。
「チッ」
「今舌うった!」
「もう寝る。つーかもう寝た」
はあ!?と声を上げ、レトリはばっと身を起こす。
目を瞑り、寝たふりをするゴルの襟首掴み上げて、揺する。
「こら、起きろ。起きろっての」
が、これが起きない。というか目を開けてくれない。下ろして放す。
「なんでそう隠したがるかな……。別にそうやって誤魔化すのが悪いとも思わないけど、誰にも話したくないなら、素直にそう言えばいいのに」
ゴルとの話ができなくなった為、レトリはその後、いま乗せていってくれている老爺の元へも行き、二人でのどかな野原を見ながら、話を弾ませている内に、気付けばもう夕暮れ。
太陽が遠い山向こうに沈んでいっており、馬車から降りて、火を囲むことになった。
ゴルはあの後、本当に寝入っていたようで、あくびをしながら降りてきており、前では老爺がその火を使って夕飯を用意してくれていた。
大ぶりに切った具材が、水の張った鍋の中に次々放り込まれていき、これぞ漢の料理といった豪快なスープが出来上がる。
ほどなく、ゴルと一緒にそれの入った器を受け取ることになったのだが、掬って食べても味がしてこない。
決して不味いわけではないのだ。
先に映るものが気になって、見ているだけで口元の所がつってくる。
既に巨大な瘴気の塊が二人の目には映り込んでおり、ラビリンスを見ながらメシを食うことになっていたのだ。
「……よ、夜になると寒くなってくるし、あったまるよね!」
「ああ」
「いやでもなんか、すごい目の前に気になるものがあって、喉を通っていかないというか……。ねぇ、ゴルくん。これ凄く美味しいんだけど」
「そうだな。だが食っておけ。もたないぞ」
「わかってるよ。食べ物残すなんて贅沢、するはずないじゃん」
「ならいい」
ゴルが一気にかきこみ始めたことで、レトリも続く。
二人のその様子を見て、老爺の口から安堵の息がもれていた。
「自分では良い味にできたと思っていたけど、何せ老人の舌ではかったものだからね。若い子には、不味かったりしたのかな、と。味が悪いわけではなくてよかったよ」
「んんっ、いえいえ。とってもいい味付けで、とっても美味しかったです!」
「ええ。旨かったです。ただ、このトリが少し気になっていて」
ゴルは残った骨を掬い取る。水かきの所だ。
「昼にも同じの食ったんすけど。フォレストレッグのパイなんて名前で、俺の住んでる方にはない食い物だから試しに頼んでみたら、乗ってるのこれでしょ? 味はチキンそっくりなのにこれだけ見ても別物に映りますし、いったい何なんです? 実はトリじゃなかったりとかするんです?」
ゴルはそれを冗談半分で言っていた。
が、それを聞いた途端、レトリと老爺は揃って目を丸くしており、ほどなくほぼ同時に吹き出し、笑う。
「ゴルくん、これカエルだよ」
そんな指摘を受けて、ゴルはしばらくの間、固まっていた。
耳を疑った顔で、聞き返す。
「かえる?」
「うん。カエル」
ゴホッ、ガハッ、とゴルは盛大に咽せて、自分のスプーンの上に乗っている物を、信じられないものを見る目で見もする。
「これ、カエルなのか。ならなんでフェレストレッグなんて紛らわしい名前、色味で付けた名前かよ……」
項垂れもしていた。
「食文化ってのは、地方それぞれだとは思うが、まさかあのカエルを食う日が来ようとは……」
「ゴルくんの方じゃ食べない?」
「食べねーよ。こんな──あ、いや、俺は食べること自体をどうこう言いたいわけじゃなくてだな。ただ俺の住んでる方じゃ、食べ物っていう認識がされてなくてだな」
しどろもどろになりつつも、説明する。
雨が降ったら出てくる可愛い生き物だとか、こんな大きくはないとか、話終えるとまた項垂れもしていたが。
「ゴルくんの方じゃもっと小っちゃいんだねー。確かに小さいと食欲よりも可愛いが先にくるかな。そういえば知ってる? 動くものならカエルってなんでも食べちゃうんだよ」
懐かしいなぁ、という言葉を挟んで、思い出に耽るような顔をレトリはする。
「目の前に糸を括った針を放ってやったら、餌じゃないのにパクって呑んじゃうし。みんなでよく釣ったよ。今はもう水に飛び込んで確保してるけど。そっちの方が楽だし」
「ワイルド過ぎんだろ。お前は野生児か」
「あ、おかわりいる? まだまだ沢山あるみたいだから」
「要らねーよ。もし入れたらぶっ殺すぞ」
「そこまで言うことないのに。美味しいのに」
ならお前が食えと咎められて、そう言うなってと、ゴルが置こうとしていた器を横からさっとレトリが掠め取ったことで、取っ組み合いのようなことが始める。
その光景を孫の喧嘩でも見るような頬を緩めた顔で見守っていた老爺が、急にこう言って二人を止めた。
「随分遠くから来たようだね。魂の解放者というのは、そんなに移動をしながら、あれを浄化していくものなのかい?」
老爺の目は、傍にある湖に向くが、その目に二人と同じものは映らない。
深く濁って、周辺の植物も枯れてはいるので、異質な場所としては映るのだが。
「──え? ああ、はい。他はあまり知りませんが、腕の立つ魂の解放者ほど大物求めて遠出はするものですね。俺は、違いますけど」
なら何?とレトリが間髪入れずに尋ねていた。
「もしかしてそれ寝たふりした時隠したやつに関係ある? あるよね? 早く白状しろ」
ゴルはまたダンマリを決め込み、顔を逸らす。
またそれかぁ、と思うレトリの前では、老爺もその行動の意図を考えており、諭すようにレトリに言っていた。
「いずれ、話してくれるだろうさ」
「わかってはいるんですけど、気になっちゃって」
「彼のことを真に思うなら、待ってあげるといい。好き合っているのだろう」
二人の関係を邪推しての言葉だ。
はあ!?と二人は心の中で同じリアクションを取っていたが、勢いよく立ったのはレトリだけである。
慌てて否定していた。動転のあまり多少噛みはしたが。
「ちがっ、違います‼ わたし達はただの仲間です。ただの魂の解放者仲間。誰がこんな──」
「そうですね。いまのは今世紀最大のギャグでしたね。笑えましたよ。誰がこんなアホと」
「うるさいっての! それはこっちの台詞! なんでわたしがゴルくんなんかと、ありえないって」
「まあそういうわけでして。勝手な誤解はやめて頂けますと」
老爺は悪い悪いという仕草をしていたが、信じたような顔でもない。どこか、もう間違いないとでも確信しているかのような。
(全然そんなことないのに。やめてよ。くっそ、でも顔あっつ──)
(こんのジジイが、いきなりぶち込みやがって。お前もそんな反応すんな。余計疑われるだろうが)
そんなドタバタがあったからか、ラビリンスのことなど一時忘れることになっていたが、出立の時には嫌でも思い出す。
「世話になりました」
「ありがとうございました! すっごく助かりました!」
「ああ、君達が無事戻ってくることを祈ろう。気を付けてな」
向かい出す。
今度のは、瘴気を放出し周りに拡散している感じはなく、ドーム状に広がり纏まっており、異彩を放つ。
レトリにとっては、二つ目だ。そんなこと思いもしないが、ゴルにとってはそう映る。
(しっかしかなりやべぇ雰囲気してんな。粘土みたいに瘴気が固まってるところなんざ、初めて見たぞ……)
それでそう心の中で呟いてはいたが、その言葉とは裏腹に、顔は笑う。
これは期待がもてそうだ──と。
「なんでそんなに嬉しそう?」
「お前はわからないとは思うが、今度のは前の巨人より確実にやばいぞ。怖いのなら引き返してもいいが、どうする?」
レトリは足を止めていたが、その瞳に怯えの色はない。
むしろ、揺るぎないものを宿したような、決意の火がそこには映り込む。
「わたし、言ったよね?」
診療所の中でだ。
あの巨人を倒した晩、シスターにラビリンスであったことを聞いて貰い、もう迷いからは吹っ切れていた。
『そうですか、そんなことが……。レトリ、辛い思いをさせたようですね』
『うん。わたし悪いことしちゃったのかなって。魂の解放者は、正しいのかなって、思って』
『そうですね。私もあなたの話を聞いていて、ハっとさせられるものがありました。ですが、そのあとこんなふうになったということも、考えられませんか。私はこう思ったのです』
シスターは続ける。
天国にいった巨人はきっと、そこで自分の言った言葉を悔い、あなたに感謝しているのではないかと。
何故なら、最愛の人に逢えただろうから、と。
『うん。わたしもっ、そう思う。思ってる──』
抱きしめられながらのその言葉は、よく胸に響いて、染み入った。
『うぅ──』
涙が止まらなくなるくらい。
(やっぱりお母さん、嘘なんかついてなかった──、信じてた)
顔をシスターの胸に押し付け、しばらく泣き続けることにもなった。
『私とこうしている間だけは、本当に甘えん坊のままですね──』
頭を撫でられながら、眠りに落ちて、次の日からだ。
改めて魂の解放者のことを教えて欲しいとお願いし、その人物のことを知った。
いや、歴史上の偉人だ。それも教会に関わりのある。
もっと幼い頃にどんな人物かのあらましは聞いてはいたのだが、ほとんど覚えておらず。
その人物を超えると、そのようにゴルには話していた。
えらく大きな出たな。というのが、その時彼が返してきた言葉だ。
「わたしが、この世を彷徨う魂達をそそのかし、罪を犯させるラビリンスの悪魔を倒すって」
「覚悟は固いようだな。なら折れんなよ。何があっても」
「折れないよ。何があっても、今度こそは」
「よし、いくぞ」
「うん!」
しばらく歩いて、前まできた。見上げる。
「流石に大きいね。迫力あるぅー。うわ、緊張してきた……!」
「緊張感の欠片もない言葉に聞こえるが」
「い、いっしょに入ろうか」
その言葉を鼻で笑い返したゴルは、その場にカバンを落とすと、瘴気の中に手を突っ込む。
触感はない。
固まって見えるほど濃度が異常なだけで、霧状の物体であることに違いないようだ。
カバンを拾いなおして、入っていく。
「うそ、いくなって‼ バカ、一人でおいてくなーっ‼」
後ろでそんな声がしていたが。息を止め、進む。
中は視界のまったく利かない暗闇に包まれており、傍に何が潜んでいるかもわからぬ状況だが、しばらくすると抜ける。
全体から光を放つラビリンスが映る。まるで暗がりの空に浮かぶ月のようだ。
湖の真ん中に浮いており、辺り一帯、丸ごと瘴気の中に閉じ込めていることが窺えた。
「独占したいくらい魚好きなのか? 町の奴らが嘆いてたぜ。もう食えなくなったって」
軽口叩いた直後、駆けてくる足音がした。
誰のものかはすぐわかり、横から出てきて、そのまま傍を走り抜けていく。
抜けたことに気付くとすぐさま止まってはいたが。
「──おわお、光ってる! 綺麗! メルヘン!」
振り向いてきて、もう一度言った。
「ゴルくん! すっごい綺麗! 超メルヘン!」
「バカ言ってないで、お前の足元見ろ。そのあと即座に戻ってこい、バカ犬が」
視線を下に向けたレトリは、「うわっ!?」と驚いた声を上げる。
その場に散乱する引き裂かれた衣服の一つを踏んでおり、見渡せば、他にも夥しい数の外から持ち込まれた品々が中には転がる。
(ここで山ほどぶっ殺されたわけな……。どうりで、あのラビリンスに誰も来た形跡がないわけだ)
大急ぎで戻ってきたレトリの顔は、青ざめているように見え、何があったかは察しがついているように映る。
「ご、ごるくん……! あ、あれ……! わたしが踏んでたのって──」
指を差して言う。
ゴルはそれには答えず、再びカバンをその場に落とすと、逆側の手に握る杖を持ち上げ、下を掴みなおす。
空いた手で上を掴んだ。内側に仕込んであるものを引き抜くと刀身が閃く。
「お前はこっちを使え。何もないよりマシだろ」
残った鞘部分、つまりは空洞となった杖の足をレトリに手渡す。
それ単体でぶっ叩くのに使っても、折れたり曲がったりしないくらいには、頑丈に仕立てられたものではある。
受け取っていた。そのまま両手で持って、前に構えもする。
「ここ、ヤバイのいるってことだよね。外に出るモンスターは、生きた動物が瘴気で変わったものだって、しっかり習ってきたよ。勉強頑張った」
「ほう。まあそれが普通なんだが、ここは偉いと褒めておくか。なら説明は不要だな」
「うん! でもさ、わたしなんか核の力使えそうなんだよね。なんでだろ」
「はあ?」
だったらこんな真似はしておらず、本来あり得ることではない。
【ラビリンスの上に足を乗せなければ、力は使えない】
それが当たり前の常識であり、だからラビリンスの前に無力なところをやられた魂の解放者達の遺品がこれほど残ってもいる。
杖を仕込み杖としていたのは、暴漢対策もあるが、主にその為だ。
「やってみよっか?」
お前前回のラビリンスでは、どうだったんだよ。
そうしたのか?と、ゴルが呆れ顔浮かべながらそう思った、その時だ。
水面にぎょろりとした目玉が、無数に浮いてきており、二人に緊張が走る。
それだけ見てもかなりのサイズだ。子供の顔くらいはある。
一斉に寄ってもきた。
岸辺から上がってきて、姿を見せる。
その全てが剣や槍といった武具を持ち、防具まで身につけ武装する。
問題は、その容姿。それらのことが一切気にならなくなるくらい、既視感しかないその姿に二人の目は釘付けとなっていた。
「カエルだ……」
「いやなんでここでもカエルだよ‼ 好きだな、この町‼ カエル‼」
「なんか丸々しててちょっと可愛いというか、気が抜けちゃったね?」
「冗談言ってんな。豚くらいのデカさはしてんだろ」
げこげこ何やら鳴いていたかと思えば、今から一斉突撃を行うという合図だったようで、上陸を果たしたカエルの全てが、前に武器を突き出し構える。
「力を貸して、ヴァンパイア」
その時、そんな言葉がレトリの口からもれた。
その瞬間、ゴルは己が目を疑うことにもなった。
まさかと思っていた。あり得ないとも。
光の中、今度は変身するところをレトリははっきりと知覚しており、思う。
体が黒い羽根に覆われていると。
足元に黒い光が見えて、それが頭の先まで一気に身を駆けあがって、変身する。
──『可愛いリボンつけてたわね』
そこでヴァンパイアの声がして、リボンの解けた髪が後ろに持ち上がる。
束にして、ドレスに合った別のリボンで結いあげてくれ、それに意識を向けている内に視界が元に戻る。
「ありがとう、ヴァンパイア♪」
思考を即座に切り替えた。渡された杖の足はまだ握っており、変身する時に空けたもう片方の手を前に翳す。
「こい、赤いステッキ!」
呼び寄せると二本構える。
今の一連の出来事に面食らったか、その場で固まり、動けなくなっている様子のカエル達のもとに突っ込む。
竜巻が吹く。
「いや、俺も想定が甘かった。俺一人ならうろちょろしてる時にめんどくせぇのに目をつけられたって、どうとでもなるんだがな……」
お前がいるからな、と目を向けられたレトリは、首をかしげる。
「どういうこと?」
「子供が金持ってるのがわかるとな、悪い大人が寄ってくるんだよ。お前そいつらと遣り合えるか? 俺はこの足だ。お前が捕まらないように立ち回ったりはできないぞ」
レトリは胸を張って言った。
「そんなの投げ飛ばしちゃえば楽勝だよ。わたし一回やったことあるし。この町でだよ」
「お前、マジか。アグレッシブだな」
「アグレッシブ?」
フッ、と笑いをこぼすと、ならいい、と言って、ゴルはいまからやることを話し出す。
「いいか」
それを聞き終わるとレトリは顔に自信を覗かせ、親指を立てた。すぐさま行動に移った。
ばびゅーんと駆けていき、驚くほどの早さで情報を仕入れて舞い戻ってくる。
「今からでもニャムテーに出発する馬車があるかもって。北の入り口だよ。いこ!」
「お、おう。こういう時はクソ役に立つのな……」
「何かトゲない? いいけど。それと、のんびりしてると間に合わないかもしれないから」
ゴルを抱き上げ、レトリは駆けていく。
「ちょっ、おま、やめろって! こんなとこで──」
「暴れないで。落っことすから」
「下ろせええええええええええええっ‼」
赤面しての叫びがこだましていた。
それからあれよあれよという間に事が進んで、気付けばその馬車の中だ。
後ろでは、手を貸してくれた人達が見送ってくれており、ゴルは改めて、レトリの持つ対人スキルの高さに驚嘆することにもなっていた。自身はほぼ見ていただけなのだ。
「お前マジ、すげーのな……」
「おじさん、おばさん、おねえさんも! ありがとー! ん? 今何か言った?」
「お前のおかげで楽できたって言ったんだよ。誰かと一緒にやるのも悪くはないなって思えた」
なんか自分で言ってて変な感じだがな。と付け加えると、ゴルは身を倒して寝転ぶ。
天蓋もついておらず、そうすると空をよく見渡せた。
頬を風が撫でていく。横からも身を倒した時に出る微かな風がきた。
「良い風。天気も超良いし、お日様の下でこうしてると眠くなってこない?」
「メシ食ったばっかだからな」
「ゴルくんはさ、ラビリンスに初めて一人で入った時、怖くなかった? これ聞いてなかったと思って」
踏み込んだ話にゴルは思う。
それを話すには、まだ話していない身の上話からする必要がある。
「別に」
隠した。
「動かない左足を自由に使えるようになって、多少の感動を覚えたくらいだな。他は何もねーよ。何もな」
「嘘」
その一言に大いに動揺したが、顔に出すのは堪えた。
気付かれないように静かに深呼吸を入れて、心を落ち着かす。
「嘘なんか言ってねーよ。大体なんでそう思ったんだ」
「わかるから。大体もしわたしが変なこと言ってたら、ゴルくん絶対そんなふうに聞いたりしてこないよね? 絶対もっと馬鹿にするか、違うって強く言ってる」
よく見てるな。鋭い。それとも女の勘とやらで察したか。
色々思うが、口から出たのは、ただの舌打ちだ。
「チッ」
「今舌うった!」
「もう寝る。つーかもう寝た」
はあ!?と声を上げ、レトリはばっと身を起こす。
目を瞑り、寝たふりをするゴルの襟首掴み上げて、揺する。
「こら、起きろ。起きろっての」
が、これが起きない。というか目を開けてくれない。下ろして放す。
「なんでそう隠したがるかな……。別にそうやって誤魔化すのが悪いとも思わないけど、誰にも話したくないなら、素直にそう言えばいいのに」
ゴルとの話ができなくなった為、レトリはその後、いま乗せていってくれている老爺の元へも行き、二人でのどかな野原を見ながら、話を弾ませている内に、気付けばもう夕暮れ。
太陽が遠い山向こうに沈んでいっており、馬車から降りて、火を囲むことになった。
ゴルはあの後、本当に寝入っていたようで、あくびをしながら降りてきており、前では老爺がその火を使って夕飯を用意してくれていた。
大ぶりに切った具材が、水の張った鍋の中に次々放り込まれていき、これぞ漢の料理といった豪快なスープが出来上がる。
ほどなく、ゴルと一緒にそれの入った器を受け取ることになったのだが、掬って食べても味がしてこない。
決して不味いわけではないのだ。
先に映るものが気になって、見ているだけで口元の所がつってくる。
既に巨大な瘴気の塊が二人の目には映り込んでおり、ラビリンスを見ながらメシを食うことになっていたのだ。
「……よ、夜になると寒くなってくるし、あったまるよね!」
「ああ」
「いやでもなんか、すごい目の前に気になるものがあって、喉を通っていかないというか……。ねぇ、ゴルくん。これ凄く美味しいんだけど」
「そうだな。だが食っておけ。もたないぞ」
「わかってるよ。食べ物残すなんて贅沢、するはずないじゃん」
「ならいい」
ゴルが一気にかきこみ始めたことで、レトリも続く。
二人のその様子を見て、老爺の口から安堵の息がもれていた。
「自分では良い味にできたと思っていたけど、何せ老人の舌ではかったものだからね。若い子には、不味かったりしたのかな、と。味が悪いわけではなくてよかったよ」
「んんっ、いえいえ。とってもいい味付けで、とっても美味しかったです!」
「ええ。旨かったです。ただ、このトリが少し気になっていて」
ゴルは残った骨を掬い取る。水かきの所だ。
「昼にも同じの食ったんすけど。フォレストレッグのパイなんて名前で、俺の住んでる方にはない食い物だから試しに頼んでみたら、乗ってるのこれでしょ? 味はチキンそっくりなのにこれだけ見ても別物に映りますし、いったい何なんです? 実はトリじゃなかったりとかするんです?」
ゴルはそれを冗談半分で言っていた。
が、それを聞いた途端、レトリと老爺は揃って目を丸くしており、ほどなくほぼ同時に吹き出し、笑う。
「ゴルくん、これカエルだよ」
そんな指摘を受けて、ゴルはしばらくの間、固まっていた。
耳を疑った顔で、聞き返す。
「かえる?」
「うん。カエル」
ゴホッ、ガハッ、とゴルは盛大に咽せて、自分のスプーンの上に乗っている物を、信じられないものを見る目で見もする。
「これ、カエルなのか。ならなんでフェレストレッグなんて紛らわしい名前、色味で付けた名前かよ……」
項垂れもしていた。
「食文化ってのは、地方それぞれだとは思うが、まさかあのカエルを食う日が来ようとは……」
「ゴルくんの方じゃ食べない?」
「食べねーよ。こんな──あ、いや、俺は食べること自体をどうこう言いたいわけじゃなくてだな。ただ俺の住んでる方じゃ、食べ物っていう認識がされてなくてだな」
しどろもどろになりつつも、説明する。
雨が降ったら出てくる可愛い生き物だとか、こんな大きくはないとか、話終えるとまた項垂れもしていたが。
「ゴルくんの方じゃもっと小っちゃいんだねー。確かに小さいと食欲よりも可愛いが先にくるかな。そういえば知ってる? 動くものならカエルってなんでも食べちゃうんだよ」
懐かしいなぁ、という言葉を挟んで、思い出に耽るような顔をレトリはする。
「目の前に糸を括った針を放ってやったら、餌じゃないのにパクって呑んじゃうし。みんなでよく釣ったよ。今はもう水に飛び込んで確保してるけど。そっちの方が楽だし」
「ワイルド過ぎんだろ。お前は野生児か」
「あ、おかわりいる? まだまだ沢山あるみたいだから」
「要らねーよ。もし入れたらぶっ殺すぞ」
「そこまで言うことないのに。美味しいのに」
ならお前が食えと咎められて、そう言うなってと、ゴルが置こうとしていた器を横からさっとレトリが掠め取ったことで、取っ組み合いのようなことが始める。
その光景を孫の喧嘩でも見るような頬を緩めた顔で見守っていた老爺が、急にこう言って二人を止めた。
「随分遠くから来たようだね。魂の解放者というのは、そんなに移動をしながら、あれを浄化していくものなのかい?」
老爺の目は、傍にある湖に向くが、その目に二人と同じものは映らない。
深く濁って、周辺の植物も枯れてはいるので、異質な場所としては映るのだが。
「──え? ああ、はい。他はあまり知りませんが、腕の立つ魂の解放者ほど大物求めて遠出はするものですね。俺は、違いますけど」
なら何?とレトリが間髪入れずに尋ねていた。
「もしかしてそれ寝たふりした時隠したやつに関係ある? あるよね? 早く白状しろ」
ゴルはまたダンマリを決め込み、顔を逸らす。
またそれかぁ、と思うレトリの前では、老爺もその行動の意図を考えており、諭すようにレトリに言っていた。
「いずれ、話してくれるだろうさ」
「わかってはいるんですけど、気になっちゃって」
「彼のことを真に思うなら、待ってあげるといい。好き合っているのだろう」
二人の関係を邪推しての言葉だ。
はあ!?と二人は心の中で同じリアクションを取っていたが、勢いよく立ったのはレトリだけである。
慌てて否定していた。動転のあまり多少噛みはしたが。
「ちがっ、違います‼ わたし達はただの仲間です。ただの魂の解放者仲間。誰がこんな──」
「そうですね。いまのは今世紀最大のギャグでしたね。笑えましたよ。誰がこんなアホと」
「うるさいっての! それはこっちの台詞! なんでわたしがゴルくんなんかと、ありえないって」
「まあそういうわけでして。勝手な誤解はやめて頂けますと」
老爺は悪い悪いという仕草をしていたが、信じたような顔でもない。どこか、もう間違いないとでも確信しているかのような。
(全然そんなことないのに。やめてよ。くっそ、でも顔あっつ──)
(こんのジジイが、いきなりぶち込みやがって。お前もそんな反応すんな。余計疑われるだろうが)
そんなドタバタがあったからか、ラビリンスのことなど一時忘れることになっていたが、出立の時には嫌でも思い出す。
「世話になりました」
「ありがとうございました! すっごく助かりました!」
「ああ、君達が無事戻ってくることを祈ろう。気を付けてな」
向かい出す。
今度のは、瘴気を放出し周りに拡散している感じはなく、ドーム状に広がり纏まっており、異彩を放つ。
レトリにとっては、二つ目だ。そんなこと思いもしないが、ゴルにとってはそう映る。
(しっかしかなりやべぇ雰囲気してんな。粘土みたいに瘴気が固まってるところなんざ、初めて見たぞ……)
それでそう心の中で呟いてはいたが、その言葉とは裏腹に、顔は笑う。
これは期待がもてそうだ──と。
「なんでそんなに嬉しそう?」
「お前はわからないとは思うが、今度のは前の巨人より確実にやばいぞ。怖いのなら引き返してもいいが、どうする?」
レトリは足を止めていたが、その瞳に怯えの色はない。
むしろ、揺るぎないものを宿したような、決意の火がそこには映り込む。
「わたし、言ったよね?」
診療所の中でだ。
あの巨人を倒した晩、シスターにラビリンスであったことを聞いて貰い、もう迷いからは吹っ切れていた。
『そうですか、そんなことが……。レトリ、辛い思いをさせたようですね』
『うん。わたし悪いことしちゃったのかなって。魂の解放者は、正しいのかなって、思って』
『そうですね。私もあなたの話を聞いていて、ハっとさせられるものがありました。ですが、そのあとこんなふうになったということも、考えられませんか。私はこう思ったのです』
シスターは続ける。
天国にいった巨人はきっと、そこで自分の言った言葉を悔い、あなたに感謝しているのではないかと。
何故なら、最愛の人に逢えただろうから、と。
『うん。わたしもっ、そう思う。思ってる──』
抱きしめられながらのその言葉は、よく胸に響いて、染み入った。
『うぅ──』
涙が止まらなくなるくらい。
(やっぱりお母さん、嘘なんかついてなかった──、信じてた)
顔をシスターの胸に押し付け、しばらく泣き続けることにもなった。
『私とこうしている間だけは、本当に甘えん坊のままですね──』
頭を撫でられながら、眠りに落ちて、次の日からだ。
改めて魂の解放者のことを教えて欲しいとお願いし、その人物のことを知った。
いや、歴史上の偉人だ。それも教会に関わりのある。
もっと幼い頃にどんな人物かのあらましは聞いてはいたのだが、ほとんど覚えておらず。
その人物を超えると、そのようにゴルには話していた。
えらく大きな出たな。というのが、その時彼が返してきた言葉だ。
「わたしが、この世を彷徨う魂達をそそのかし、罪を犯させるラビリンスの悪魔を倒すって」
「覚悟は固いようだな。なら折れんなよ。何があっても」
「折れないよ。何があっても、今度こそは」
「よし、いくぞ」
「うん!」
しばらく歩いて、前まできた。見上げる。
「流石に大きいね。迫力あるぅー。うわ、緊張してきた……!」
「緊張感の欠片もない言葉に聞こえるが」
「い、いっしょに入ろうか」
その言葉を鼻で笑い返したゴルは、その場にカバンを落とすと、瘴気の中に手を突っ込む。
触感はない。
固まって見えるほど濃度が異常なだけで、霧状の物体であることに違いないようだ。
カバンを拾いなおして、入っていく。
「うそ、いくなって‼ バカ、一人でおいてくなーっ‼」
後ろでそんな声がしていたが。息を止め、進む。
中は視界のまったく利かない暗闇に包まれており、傍に何が潜んでいるかもわからぬ状況だが、しばらくすると抜ける。
全体から光を放つラビリンスが映る。まるで暗がりの空に浮かぶ月のようだ。
湖の真ん中に浮いており、辺り一帯、丸ごと瘴気の中に閉じ込めていることが窺えた。
「独占したいくらい魚好きなのか? 町の奴らが嘆いてたぜ。もう食えなくなったって」
軽口叩いた直後、駆けてくる足音がした。
誰のものかはすぐわかり、横から出てきて、そのまま傍を走り抜けていく。
抜けたことに気付くとすぐさま止まってはいたが。
「──おわお、光ってる! 綺麗! メルヘン!」
振り向いてきて、もう一度言った。
「ゴルくん! すっごい綺麗! 超メルヘン!」
「バカ言ってないで、お前の足元見ろ。そのあと即座に戻ってこい、バカ犬が」
視線を下に向けたレトリは、「うわっ!?」と驚いた声を上げる。
その場に散乱する引き裂かれた衣服の一つを踏んでおり、見渡せば、他にも夥しい数の外から持ち込まれた品々が中には転がる。
(ここで山ほどぶっ殺されたわけな……。どうりで、あのラビリンスに誰も来た形跡がないわけだ)
大急ぎで戻ってきたレトリの顔は、青ざめているように見え、何があったかは察しがついているように映る。
「ご、ごるくん……! あ、あれ……! わたしが踏んでたのって──」
指を差して言う。
ゴルはそれには答えず、再びカバンをその場に落とすと、逆側の手に握る杖を持ち上げ、下を掴みなおす。
空いた手で上を掴んだ。内側に仕込んであるものを引き抜くと刀身が閃く。
「お前はこっちを使え。何もないよりマシだろ」
残った鞘部分、つまりは空洞となった杖の足をレトリに手渡す。
それ単体でぶっ叩くのに使っても、折れたり曲がったりしないくらいには、頑丈に仕立てられたものではある。
受け取っていた。そのまま両手で持って、前に構えもする。
「ここ、ヤバイのいるってことだよね。外に出るモンスターは、生きた動物が瘴気で変わったものだって、しっかり習ってきたよ。勉強頑張った」
「ほう。まあそれが普通なんだが、ここは偉いと褒めておくか。なら説明は不要だな」
「うん! でもさ、わたしなんか核の力使えそうなんだよね。なんでだろ」
「はあ?」
だったらこんな真似はしておらず、本来あり得ることではない。
【ラビリンスの上に足を乗せなければ、力は使えない】
それが当たり前の常識であり、だからラビリンスの前に無力なところをやられた魂の解放者達の遺品がこれほど残ってもいる。
杖を仕込み杖としていたのは、暴漢対策もあるが、主にその為だ。
「やってみよっか?」
お前前回のラビリンスでは、どうだったんだよ。
そうしたのか?と、ゴルが呆れ顔浮かべながらそう思った、その時だ。
水面にぎょろりとした目玉が、無数に浮いてきており、二人に緊張が走る。
それだけ見てもかなりのサイズだ。子供の顔くらいはある。
一斉に寄ってもきた。
岸辺から上がってきて、姿を見せる。
その全てが剣や槍といった武具を持ち、防具まで身につけ武装する。
問題は、その容姿。それらのことが一切気にならなくなるくらい、既視感しかないその姿に二人の目は釘付けとなっていた。
「カエルだ……」
「いやなんでここでもカエルだよ‼ 好きだな、この町‼ カエル‼」
「なんか丸々しててちょっと可愛いというか、気が抜けちゃったね?」
「冗談言ってんな。豚くらいのデカさはしてんだろ」
げこげこ何やら鳴いていたかと思えば、今から一斉突撃を行うという合図だったようで、上陸を果たしたカエルの全てが、前に武器を突き出し構える。
「力を貸して、ヴァンパイア」
その時、そんな言葉がレトリの口からもれた。
その瞬間、ゴルは己が目を疑うことにもなった。
まさかと思っていた。あり得ないとも。
光の中、今度は変身するところをレトリははっきりと知覚しており、思う。
体が黒い羽根に覆われていると。
足元に黒い光が見えて、それが頭の先まで一気に身を駆けあがって、変身する。
──『可愛いリボンつけてたわね』
そこでヴァンパイアの声がして、リボンの解けた髪が後ろに持ち上がる。
束にして、ドレスに合った別のリボンで結いあげてくれ、それに意識を向けている内に視界が元に戻る。
「ありがとう、ヴァンパイア♪」
思考を即座に切り替えた。渡された杖の足はまだ握っており、変身する時に空けたもう片方の手を前に翳す。
「こい、赤いステッキ!」
呼び寄せると二本構える。
今の一連の出来事に面食らったか、その場で固まり、動けなくなっている様子のカエル達のもとに突っ込む。
竜巻が吹く。