あと30日で、他人に戻るふたり
「あ、そういえばさ」

席に戻りかけた八代さんが、ふと思い出したように振り返る。

「先週言ってたやつ、覚えてる?」

「……え?」

「メシ行こうって話したじゃん」

はっとして、みるみるうちに思い出した。

決して忘れていたわけじゃないけれど、この週末にそれを思い出すことはなかったのは事実だ。


ちょっと申し訳ない気持ちになりながらも、曖昧にうなずく。

「そうでしたね…」

「今週どっか行く?」

間髪入れず、軽い口調で尋ねられた。
断られるとは思っていないみたいな、自然さ。

一瞬、言葉に詰まる。

「……あ、はい」

反射みたいに返してしまってから、ほんの少しだけ間が空く。

「木曜とか空いてる?」

「木曜…」


スマホでスケジュールを確認したその瞬間、なぜか今朝のことが頭をよぎった。

────『美月、先に行ってるね』

……なんで、いま思い出したの。


「……大丈夫です」

自分でも、遅れて返事をしたのがよく分かった。


「じゃあ決まりな」

八代さんは私の様子を気にすることもなく、それだけ言って今度こそ自分の席へ戻っていった。


スマホのスケジュールに、木曜の予定を入力する。

『八代さんとご飯』
その短い文を、しばらく眺めていた。


どうして、しっくり来ないんだろう。
心が踊らないんだろう。

あんなに憧れていた人なのに。


まだよく分からないまま、スマホをポケットにしまった。




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