あと30日で、他人に戻るふたり
少し進むと、今度は少し空気がやわらいだ。

小さな商店街に入ったらしい。


軒先に並ぶ野菜や、惣菜屋からただよってくる揚げ物の匂い。
夕飯の支度をする人たちの気配が、あちこちにあった。

誘惑が多すぎる商店街にテンションが上がる。


「えー!こんな商店街あるんだぁ」

「来たことなかったの?」

「知ってたんなら教えてくださいよ!美味しそうなお惣菜、いっぱいじゃないですか」

「今度買って帰るよ」

「いや、私は食べ歩きしたいです!」

即座に返した私に、大地さんはふっと笑った。

「この通りだけで腹いっぱいにしそうだな」


彼のそれが、意地悪で言ってるわけじゃないことは分かる。

たぶん、この短い期間だけでもお互いをちょっとずつ理解し始めている。そんな言葉だった。

当の本人は、そのことにまったく気づいてなさそうだけど。


立ち並ぶあたたかいお店の列を横目に、不意に隣から声が落ちてくる。

「そうか。こういうあったかい雰囲気が、“住みやすい”に繋がるのか」

意外な感想だったので、思わず顔を上げる。

さっきのビルの前とは、まったく同じ人とは思えないくらい軽い声だった。


「……そうですね」

同じ感覚を持ってる。
それが分かっただけでもどこか気持ちが浮ついてしまった。


なんとなく、どちらともなくそのまま歩幅を合わせる。

商店街の明かりが、ひとつずつ灯り始めていた。



「────あ、」

ほとんど同時に立ち止まる。

見覚えのある定食屋が、少し離れたところに見えてきた。
引っ越した初日にふたりで入った定食屋だ。


「あのお店…」

「ちょうど腹も減ってきたし、行く?」


断る理由は、思い浮かばなかった。

それどころか、少しだけほっとしている自分に気づいてしまう。


「……はい」

短くうなずく。


このままもう少しだけ一緒にいられる。

そんなことを考えてしまうなんて、どれだけこの時間が大切なのか無意識に感じてるみたいだ。


初日とは違う気持ちで、定食屋の扉を引いた。




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