あと30日で、他人に戻るふたり
キーボードに手を置いて、メッセージを打ち始める。
いつも通り、開発に共有するための内容。


ふと途中で指が止まった。

“営業から一部変更入ってます。確認次第、このまま進めていいですか”

いつもなら、何も考えずに送っている一文なのに、今日はそれが引っかかる。

進めていいですか、の最後の部分でカーソルが止まったままだ。

画面を見つめて、数秒だけ動けなかった。


「……なんか、違う気がする」

ぽつりと小さくつぶやいて、パソコンに向き直った。


それから、ゆっくりと一文を打ち直す。

“この仕様で問題ないか、一度すり合わせさせてください”

送信ボタンの上で、指が少しだけ迷った。


ここで迷って押せないなら、意味がない。

『送信』を、しっかり押した。

小さな音が鳴って、メッセージが飛んだ。


少ししてから、開発フロアの竹中さんから返信が来る。

『いいですよ。今なら席にいます』


……“今なら”。

立ち上がる理由としては、十分だった。


椅子を引く音が、いつもより少しだけ大きく聞こえる。

周りを気にしている自分に気づいて、それでも誰も見ていないことにちょっとだけ安心した。


開発フロアに足を踏み入れるのは、用事があればいつでもあることだ。

ただ、今日は少し空気が違って感じる。

その理由は、私の気持ちがいつもと違うからなのかもしれない。


「お疲れさまです、竹中さん。穂村です」

数名いる開発部のひとつの席に声をかけると、竹中さんが顔を上げた。
メガネをかけた、私よりひと回り年上のベテランさんだ。

「お、穂村さん。お疲れ」

「さっきの件で来てみました」

「早速!いいよ。やろう」

私が差し出した資料を、彼も一緒になって覗き込む。


「この仕様変更なんですけど、営業側からこういう要望が出ていて」

説明しながら、自分の言葉が少しだけ慎重になっているのが分かる。

「このまま進めても大丈夫か、一度確認させていただきたくて」


いつもなら、そのまま“投げるだけ”の内容。
でも今日は、自分で確かめたいと思った。


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