あと30日で、他人に戻るふたり
すっかり日が暮れた頃。


マンションのエントランスを抜けて、 いつものようにエレベーターに乗る。
スーパーへ寄り道して、ひとつだけ買ってきたものがある。

週末に買いだめした食材もまだ冷蔵庫にあるし、なんとかなる。
だけど、今朝約束していたハムはなかったから、帰りに買ってきたのだ。


エレベーターの階数の表示が上がっていくのを、 ぼんやりと眺めていた。

……今日は、やけに長く感じる。


廊下は、本当に静かだ。
人が住んでいるのに、通路には物音ひとつしない。

足音さえも、カーペットが全部吸い込んでいって、気配を消してくれる。


805号室の部屋の前に立って、バッグから鍵を取り出す。


まだ開けてもいないのに、はたと手が止まった。
……頭の片隅で、なにを期待してるんだろう。


カチャ、と音を立ててドアを開ける。

「────ただいま」


玄関に彼の靴がない時点で、当たり前だけど誰も部屋にいない。
もちろん、返事もない。


分かっていたはずなのに、 思っていたよりも静かで、 一瞬だけ玄関先でも足が止まる。

『おかえりー』
って、あの声が返ってくるのをどこかで待っている自分がいる。


靴を脱いで、 そのままリビングへ入った。

真っ暗なリビングに明かりをつけると、 一気に昨日と同じ景色が広がった。


ソファも、 テーブルも、 クッションも。
全部、なにもかもそのまま。

ひとりの方が気が楽なのは分かっている。
人がひとり増えるだけで気を遣わなきゃいけないし、つねに相手のことも考えながら動くのが普通になっていた。

私ひとりだと、この部屋はなんとなく広い。


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