あと30日で、他人に戻るふたり
「誘っても、迷惑じゃないですかね……」

胸の奥が、変なくらい熱くなる。
私ってこんなに彼について、思うことがあったんだっけ。

私のつぶやきに、篠原さんがポンポン、と軽く肩を叩いた。

「迷惑なものですか。好きじゃなきゃ一緒にいないでしょ?」

「……好きかどうか、分からないです」

「喧嘩でもしてるの?」

「いえ、違うんですけど…」


駅が見えてきた。

お隣の奥様相手に、朝っぱらからなに恋愛相談してるんだ。
このままモーニングで二時間くらい人生について話したいくらいだ。


「あなた、どうしてそんなに不安なの?」

篠原さんがとても不思議そうに眉を寄せた。


「あなたの旦那様、どう見てもあなたのこと好きよ。あれよねぇ、言葉にしないだけよ。私から見たらラブラブだもの」

────いや、そんなまさか。
と、言おうとして先に篠原さんに遮られた。

「前に旦那様とも二人で話したことあるのよ。素敵な方ね。あなたのこと“頑張り屋さん”って言ってたわ。愛されてるわよ」


言葉を失って、足が止まりかける。


完全に思考が停止している私には気づかず、篠原さんは見えてきたヨガ教室のあるジムに向かってそのまま歩いていく。

「ちゃんと話し合うのが大事だからね、夫婦なんだもの。じゃあ、またね。藍沢さん」


しっかり挨拶を返す前に、彼女は姿を消してしまった。


駅へ向かう人の流れに混ざりながら、
ぼんやりと考える。

────“頑張り屋さん”。

そんなふうに、私のことを誰かに話していたなんて。


胸の奥が、ずっと落ち着かない。


昨日、彼に直接「安心する」と口にしてしまったことまで思い出して、思わず顔を覆いたくなる。


……なんなんだろう、もう。


それでも。

会社へ向かう足取りは、少しだけ軽かった。




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