あと30日で、他人に戻るふたり
会社へ向かう電車の窓に、ぼんやり自分の顔が映る。


昨日のこと。
篠原さんの言葉。
大地さんの「……へぇ」。


頭の中が、まったく仕事モードにならない。


それでも、いつもの駅で降りて、いつもの会社へ向かう。


ただ今日は、少しだけ違った。


“帰りたい場所”を、ちゃんと置いてきた気がした。




••┈┈┈┈••

午後の定例会議は、いつも通り淡々と進んでいた。


営業側から進捗確認が入り、開発側がスケジュールを共有する。

誰かが話して、誰かが返す。

それだけの、何度も繰り返してきた会議。


でも今日は、少しだけ見え方が違った。


営業部の一人が私の方へ向き直って、当たり前に仕事を振ってくる。

「この件、穂村さんの方で整理お願いできる?」

以前の私なら、反射的に「分かりました」と返していたと思う。

でも今は、そのまま受け取る前に一度考える癖がつき始めていた。


「……どこまで整理した方がいいですか?」


口にしてから、会議室の空気がほんの少しだけ止まる。

たぶん、今までの私は、そういう聞き返し方をしなかった。


「えーっと……。そうだな、開発側と認識合わせできるところまでかな」


こんなふうに私が言ってくると思わなかったんだろう。
営業部の戸惑ったような顔と、それでもなんとか返ってきた言葉に、小さくうなずく。

「分かりました。あとで作成します」


以前なら、言われたことをそのまま渡して、間に立つだけだった。

でも今は、自分でも考えたいと思う。


会議室のガラス窓の向こう。
少し傾き始めた空をぼんやり見つめる。


仕事は嫌いじゃない。

でも、このままずっと“調整役”だけで終わるんだろうか。
いつまでこの役割を続けるんだろう。


そんなことを考えてしまった。


ふと、今朝の篠原さんの言葉がよぎる。

『無駄なことや、寄り道を一緒にするのが楽しいのよね』


……帰ったら、大地さんいるかな。


気づけば、そんなことを考えている自分がいた。




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