あと30日で、他人に戻るふたり
エレベーターを降りてエントランスを抜けると、少しひんやりした風が頬を撫でる。

もう駅に向かって歩き出しているとしたら、小走りの方がいいのかも!
そう思って走ろうとしたら、後ろから大地さんに腕を引かれた。


思っていたよりも強い力だったので反動で体がぶつかる。

「ちょっと、どうしたんで…」

言いかけて、大地さんに人差し指を立てられた。
“静かに”というサイン。

わけが分からないまま黙ると、彼は視線だけ横にずらした。


その先にいたのは────帰ったと思っていた、八代さんと中村さんだった。


二人とも電子タバコを手にして、マンションを出たところで一服していた。

ちょうどよかった、と行こうとしたのに。
大地さんの手が私を離さない。

彼は私を見てはいなかった。
あちらの二人をずっと見ている。


「……てかさ、ぶっちゃけ穂村ちゃんとはどこまでいったの?」

先に聞こえてきたのは、中村さんの声だった。
私の名前が出るとは想像もしていなかったので、思わず息を止めた。


ふーっと息を吐いて、八代さんが気だるそうに答える。

「どこまでもなにも。二人で飲みに行った程度」

「えーっ、マジ?」

「押したら余裕で全然いけると思ってたんだよ、俺も」

「だよなぁ。簡単に落ちそうだもん」


どくっと胸が痛いほど鳴ったのが自分でも分かった。

これを聞くべきなのか、聞いてはいけない会話なんじゃないかと思ったけれど、足も動かない。
その代わり、ふらつきそうな私を支えるみたいに大地さんの手だけが私の背中に添えられていた。


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