あと30日で、他人に戻るふたり
「あ!あのおせんべい!」

私がハッと思い出したように言うと、大地さんがふっとこちらに顔を向けてきた。

「食べるの忘れてたな。どこで買ったか聞いてくる?」

「……変なおじさん扱いされません?」

「メタボ体型になってからがおじさんって言ったじゃん」

「ふふっ…」


ここに来た数時間前が、もうなんだかすごく前みたいに感じる。

なんとなく懐かしささえ覚えて、そして小さく首を振った。

「大丈夫です。あれは……もう、食べられないです」

「そっか。じゃあまた今度にしよ」


彼は軽くそう言って、先に歩き出した。


『また今度』というそれを、彼はどんな気持ちで口にしたのか。

私は一瞬そちらへ思考が逸れて、ぎゅっと胸が締めつけられた。


またふたりで、ここに来ることなんてあるのかな。
もう二度と、そんな日は来ないんじゃないかな。

だって、彼が出ていくと約束した日まであと十日しかない。

そんな短い間に、ここに食べ歩きにまた来るなんて無理な気がする。


だけどここでは言えなくて、ただ黙って彼についていく。

夕日が私たちを照らして、影を伸ばす。


大地さんが振り向いて、私が遅れてついてきていることに気づいたのか歩く速度を落とす。

歩幅を合わせて、隣で歩いてくれた。


『また今度』

そんな日は、たぶん、もう来ない。


でも今日の私は、ちゃんと笑っていられた。
それは紛れもなく隣を歩く彼のおかげだ。


────好き。

そんなことを思いながら、マンションまでゆっくり歩いた。



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