あと30日で、他人に戻るふたり
「先に営業側から共有いいですか?」

八代さんが立ち上がる。

スーツの袖を軽く整えながら、いつも通り落ち着いた口調で説明を始めた。

「土日の現地通行量、想定よりかなり多かったです。特に駅から南側へ流れる人が多いので、現状の配置だと中央通路が詰まる可能性あります」


モニターを切り替えながら、彼は淡々と話を進めていく。

周囲も真面目に資料を見ていて、誰も変な空気なんて出していない。

「あと、穂村が出してくれた修正案。あれかなり良かったです」


不意に名前を出されて、肩が小さく揺れた。

「────え?」

「キッチンカーの待機列を奥に逃がすやつ。あれならメイン導線潰れないんで」

別におかしなことは言われていない。

むしろ普通に仕事の話だ。 褒められていると言ってもいい。


「たしかに、あれいいですね」

「土日の人の流れ、かなり自然になりますよね」


周りも普通にうなずいてくれている。

……なのに。


『押したら余裕で全然いけると思ってたんだよ』

頭の奥で、あの声だけが消えない。


「穂村さん?」


呼ばれて、はっと顔を上げる。

野崎課長が目を丸くして不思議そうにこちらを見ていた。

「追加でなんか気になる点とかある?」

「あっ、……はい」


返事をしたものの、まだどこか気持ちが整わない。
会議に集中しなくては、と深呼吸した。

大丈夫。 これは仕事だ。あのことを思い出しちゃだめ。


「イベントスペース前なんですけど」

と、さっきまでの動揺を隠すみたいに続けた。

「休日はファミリー層が滞留しやすいので、ベビーカー導線だけもう少し広げた方がいいかもしれません」

声は、ここに来た時みたいにちゃんと出た。


課長が向こう側で資料になにかを書き込みながら何度かうなずく。

「なるほど。たしかに。そこ、修正入れていこうか」


会議は、そのまま進んでいく。

誰も土曜日のことなんて知らない顔で。



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