あと30日で、他人に戻るふたり
さらりと言われたその言葉が、思った以上に胸に残った。

私は少しだけ視線を落として、手元の資料を見る。
“強み”。そんなふうに考えたこと、今まであっただろうか。

「……俺も、そう思います」

思いもしなかった方向から来たその声に、肩がわずかに揺れる。

八代さんが、こちらを見ていた。

「穂村って、気づく視点が細かいですよね。実際、現地確認の時も一番細かく見てましたし。たぶんそういうの、自分じゃ分かってないかもしれないけど」


あんなことがあっても、ここでは彼はいたってなにも変わらない、いつもの口調。
仕事の話として言っているだけなのは分かる。

分かるのに、胸の奥が少しだけざわついた。

少し前までなら、こういうふうに認めてもらえることが嬉しかったはずだ。
期待されることも、頼られることも。

それが自分の価値みたいに思っていたから。
でも今は、その感情だけじゃない。

あの夜からずっと、胸の奥に薄い膜みたいなものが張っている。

近づきたくないわけじゃない。
でも、前みたいに無防備にもなれない。


「……ありがとうございます」

どう返すのが正解なのか分からなくて、とりあえずそう返した。

他に何を言えばいいのかも見つけられなくて、視線がさ迷ってしまう。


一瞬だけ、空気が静かになる。

その微妙な間を埋めるみたいに、竹中さんがぱんっと資料を軽く叩いた。


「じゃあ、ベンチ配置ちょっとラフ作ってみる?」

「…あ、それなら植栽位置も合わせて確認したいです」

「あー、たしかに。日陰の入り方とかも見たいしね」

自然に会話が戻っていく。

……助けられた。
そんな気がして、私は小さく息を吐いた。


さすが人生経験が豊富なだけあって、竹中さんは間のとり方が自然だと思う。

分かっているのに、出さない雰囲気がある。

私が今、八代さんとどう接したらいいのか迷っていることも。
たぶん、それ以上は聞かないでいてくれていることも。
全部分かっているのが、今のやり取りだけで伺えた。


その優しさが、心底ありがたかった。



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