あと30日で、他人に戻るふたり
「あ、美月」

名前を呼ばれるだけで、びくっと心臓が跳ねた。

「今日ちょっと早く出なくちゃいけなくて」

「……あっ、はい」

「コーヒーだけ保温してある」


私の分まで、ちゃんと。
もう当たり前みたいにそうしてくれているその事実が、さらに胸を締め付けてくるなんて。

嬉しいだけじゃなくて、寂しさも混ざりこんでくる複雑な感情に、振り回されっぱなしだ。


「じゃ、行ってきます」

大地さんは悔しいくらいに、普段通りだ。


足早に玄関に向かっていく音がして、私は気持ちの整理がつかないままその背中へ声をかける。

「大地さん」

スニーカーを履きかけていた彼が、目だけ私の方へ向けてきた。
急いでいるのか、返事もない。


「すみません、色々…」

なにもまとまってないまま呼び止めたから、支離滅裂な言葉が口をつく。

「アイロンも、コーヒーも…」

言いかけて、言い直す。


「ありがとうございます。いってらっしゃい」

伝えたいのは、これだと思ってちゃんと伝える。


大地さんは、スニーカーを履く手を止めたまま一瞬だけちゃんとこちらを見る。

それから、少し困ったみたいに眉を寄せた。

「…うん」

短く返して立ち上がる。


でも、ドアを開ける直前になって、ふと思い出したみたいに振り返った。

「今日、雨強いらしいから」

「え?」

「帰り、気をつけて」


それだけ言い残して、玄関のドアが閉まる。

私は洗面所の前に立ったまま、しばらく動けなかった。




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