あと30日で、他人に戻るふたり
私の中で、さらに冷たい感情が胸の中心を伝っていくのを感じる。

「……ですよね」

ここでやっと、コーヒーカップを手に取ってひと口飲んだ。

「酔っ払ってたから何を言ってもいいじゃん、ってことですよね」

「そんな嫌な受け取り方すんなって」

「でもあの時、下心はあったんですよね。同居人があの日いなかったら、私はどうなってたんですか?」

「……いや、それはさ」


仕事の時のような自信に満ち溢れた様子も、余裕を持った表情も、今の八代さんには感じられない。

……そして、私に対する申し訳なさみたいなのも、薄い。驚くほどに。

ここに呼び出したのは、ただの“言い訳”のため。


「私、ちゃんと傷つきました」

これだけははっきりと伝えなきゃいけないと思っていた。

そうでないと、私以外にも同じことをする。
同じことを繰り返す。そういう人たちだ。

「八代さんに憧れてました。仕事もできるし、フォローもしっかりしてくれるし。それは今も変わりません」

「それなら別に、なかったことにしてとかは言わないからさ、これからも──」

「私は無理です」


頭の中は、クリアだった。

外が雨だからなのか、雨音が心地いいくらいに、自分の脳内をどんどん洗い流していく。

私からそんなことを言われるなんて、彼は想像もしていなかっただろう。
自分でもこんなに確固たる意志を持って言えるとは、思ってもみなかった。


「……たぶん私、八代さんのこと、“ちゃんとした人”だと思ってたんです」

ぽつりと落とした言葉に、彼の表情がわずかに止まる。

「仕事ができるとか、気が利くとか、そういうことじゃなくて。ちゃんと、人を大事にできる人だって思ってました」


雨音だけが、静かに二人の間へ落ちる。

「だから、あの日のことを“酔ってたから”で済ませようとしてるのが、一番ショックです」

それは怒りじゃない。
失望だった。

「……もう、前みたいには見れません」


そう言い切った私を、八代さんはもう見ていなかった。

というより、目を逸らしていた。


雨足が、さっきよりも強くなっている。

その強い雨音だけが、私たちの沈黙を埋めるように。うるさいくらいに、耳に残っていた。



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