あと30日で、他人に戻るふたり
駅からの帰り道、傘をさして帰りながら夜ご飯のメニューを考える。


今日は色々あったな。
なんというか、八代さんとの会話で少し心が疲れて、竹中さんに静かに背中を押されたみたいな。

今日は簡単なものを作って済ませてもいいかな、なんて考えながらマンションにたどり着いた。


するとそこで、買い物帰りなのかエコバッグを肩にかけた隣の奥様の篠原さんに会った。

「───あら!この時間に会うの、なんだか新鮮ね」

「こんばんは」

傘を畳みながら、知っている顔との出会いで気が緩む。
あちらは優しい色合いの水色の傘を丁寧な手つきで畳んでいる。

「こういう日に限って冷蔵庫に何もなくって。タイムセール狙ってお惣菜よ」


篠原さんが戦利品みたいにエコバッグを掲げて明るく笑うものだから、私までつられて笑みがこぼれてしまった。

「値引きのお惣菜って一度買っちゃうとやめられないですよね」

「やっぱり?藍沢さんもそう?私もなのよー!」


彼女がいつものように口にする“藍沢さん”という私への呼び名が、今日はちょっと沁みる。

もう今さら、訂正なんてできない。


篠原さんは慣れた手つきでエレベーターのボタンを押して、「そういえば」と私を振り返る。

「この間、ふたりで商店街にいなかった?」

「──えっ、あ…はい。食べ歩きに出かけて…」

「あの商店街、飽きないのよねぇ」

「美味しいものたくさんで。お腹ぱんぱんになっちゃいました」


< 329 / 403 >

この作品をシェア

pagetop