あと30日で、他人に戻るふたり
大地さんは先に帰宅していた。

玄関に乱雑に脱ぎ捨てられたスニーカー。
リビングから暗い廊下に漏れる明かり。


嬉しいのか切ないのか、もうよく分からない。

────いや、たぶん私、ちゃんとまだ“嬉しい”。


「おかえり」

私がドアを開けるとすぐに、ソファに座る大地さんに先に声をかけられた。

今日も彼が帰ってきたっていうだけで、どこか安心してしまう自分がここにいる。

「ただいま」

変わらない声で返して、いったん寝室へバッグを置くとそのままキッチンに向かう。

その途中で、テーブルに広げられている書類が視界に入って足が止まりかける。
それを、なんとか気にしないように急ぎ足で通り過ぎた。


「今日ちょっと見なきゃいけない書類あってさ、」

なにも聞いてないのに、あちらから声が飛んでくる。

…うん、知ってる。
きっと急ぎでまとめなくちゃいけない書類だよね。

だから、気にも留めてないような反応をした。

「大丈夫ですよ。簡単に作っちゃいますね」


さっき、ちらっと見えてしまった。

見たことのある不動産会社のロゴが印字されたクリアファイル。
間取りが載った書類。

賃貸借契約書とか、そういうのだと思う。

ボールペンもあったし、書類に目を通したらあとはもうサインするだけ。


彼のことだから、それなりに条件が合えばすぐに決めてしまうだろう。
こだわりなんて元から薄い人だ。

だからこそ淡々と決まってしまうその早さに、私の心だけが追いつかない。


テレビの音は流れているけれど、妙に静かに感じる。


< 331 / 403 >

この作品をシェア

pagetop