あと30日で、他人に戻るふたり
「…あの、大地さん」

キッチンからリビングを覗くと、ちょうど大地さんが衣類をダンボールに詰め込んだところだった。

その光景がやけにリアルだ。
これから引っ越す人の、行動そのもの。

こちらを振り返った彼が、体を起こす。

「あ、もうできた?」

「あとにします?」

「ううん。どかすから大丈夫」


何個か組み立てられたダンボールを、大地さんはそのへんに重ねて置いた。

もともと持ち物が少ない彼のことだから、荷造りもあっという間だと思う。だから、こんなに少ないダンボールでも存在感がすごかった。


「いい匂い。牛丼?」

「豚丼です」

キッチンから料理を運びながら会話を交わす。

「俺さあ、食べてみないと牛肉と豚肉の違い分かんないんだよね」

不意にポンコツな発言をされて、やっと吹き出す。

笑いがこぼれて、ここでようやく今日ちゃんと笑えてるかも、と思えた。


「なかなかヤバくないですか?」

「食べれば分かるんだけどなあ」

「香りも違いますよ」

「そうかな」


テーブルに料理を運んで腰を下ろすと、大地さんがテレビをつける。

金曜日のこの時間、いつもやっている音楽番組。
別にしっかり見るでもない、流すだけのもの。

今日はこのBGMみたいなテレビ番組が、どことなく気まずい空気の中で救われる思いがした。


「「いただきます」」

ふたり同時に、箸を手に取った。


テレビの音だけが流れる食卓で、私たちはそのあとほとんど会話をしなかった。


食器を洗って、お風呂に入って。 いつもと変わらない夜の流れ。

なのに、リビングの隅に積まれたダンボールだけが、今日が“いつも通りじゃない”ことを静かに突きつけてくるみたいだった。




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