あと30日で、他人に戻るふたり
食器洗いとお風呂を済ませて、リビングに戻るとまだ大地さんがダンボールを開けたままソファに腰かけて、なにかの書類を読んでいた。

話しかけるか迷って、結局口から出たのは当たり障りのない言葉。


「お風呂、どうぞ」

そう言ったら、半分だけこちらを見て「はーい」と生返事をした。

隣に座っても、書類から目を離さない。
紙をめくる音だけが、静かなリビングに響く。

テレビも消えているから、余計にその音ばかり耳についた。


「…そんなに荷物あったんですね。最初に来た時は、あんまりなかったですよね」

自分でも、なにを話しかけてるんだろうと思う。
もっと別に、聞きたいことがあるくせに。

「んー?いや、そんなでもないよ」

彼は書類を見たまま答える。

「服とパソコンくらいだし」


その“くらい”の中に、ここで過ごした時間は入ってないのかな。

そう思った瞬間、喉の奥がぎゅっと痛くなる。


そんな私をよそに、彼はぼそっとつぶやいた。

「なんでか増えたんだよね、荷物。ここに来てから」


───それって、ここで“生活してた”ってことなんだけどな。


一度も私の方を見ることのない横顔を眺めているうちに、数日前に優奈に言われた言葉が頭をよぎった。

『……出ていくの、止めないの?』

止めたら、この空気が壊れる。

全部バレる。
私の気持ちと、引き止めたい気持ちが。

それが怖くて、呼吸だけが浅くなった。


「……あの、」

言っちゃだめ、と言い聞かせているのに、言わずにはいられない自分を止められなかった。


「出ていくの、やめたりしないんですか」


紙をめくっていた彼の手が、ぴたりと止まる。

大地さんはそこで初めて顔を上げて、隣に座る私を見た。

「……え?」

聞き返した声は、驚いたみたいに少しだけ間が抜けている。
私がこんなことを言い出すなんて、思ってもみなかったみたいな反応。


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