あと30日で、他人に戻るふたり
もうやめよう。
引っ越すことを止めるのも、その話題を出すのも。

話せば話すほど、自分の気持ちだけが大きくなりそうで、重くなりそうだったから。


「美月、ちょっと」

不意に名前を呼ばれて顔を上げると、大地さんがものすごく申し訳なさそうに手招きしている。

「なんですか?」

「焦げた」

「えっ!見てたんじゃないんですか?」

「うん、見てた。見てたよ。見てたんだけどさ」


子供みたいな言い訳を聞きながら、私ちはキッチンへ戻る。

トースターは開いていたけれど、中にはそこそこ焦げた食パンが二枚。
漫画みたいな仕上がりに、ふっと笑いがこぼれた。


「焼き目がついたなーと思ったら、すぐ止めないと」

「やり方教わってないし」

「昨日言ったのに聞かないから」

「…そうだっけ」

「これ、まだ食べれるので大丈夫」


私から意外なことを言われたからか隣にいた彼が変な声を出した。

「はっ?どうやって?」

「表面をこうやって…」


食パンを手に取って、包丁の背で焦げた部分を擦る。
何回かやっているうちに、黒くなったところが削れてなんとか食べられるビジュアルに戻った。

それをお皿に戻すと、「へぇー」と感心したような、それでいてどこか安心したような顔で彼が笑う。

「無理だと思ったのに。よかった」

「応急処置です」


それでもいいよ、と彼は言った。



••┈┈┈┈••

< 343 / 403 >

この作品をシェア

pagetop