あと30日で、他人に戻るふたり
「ただいまー」

玄関から聞き慣れた声が聞こえて、私はリビングから廊下へ出て彼の姿を確認する。

ちょうど靴を適当に脱ぎ捨てたところだった。


「おかえりなさい」

「……珍しいね、ここまで来るの」

まだ玄関にいる彼にそう言われるまで、思いっきりお出迎えしている自分に気づかなかった。

完全に浮き足立ってる感が出てる!


「そろそろ、玄関の芳香剤替える時期かなーって思って」

急いで話題を逸らすと、大地さんは玄関のニッチに置いてあるスティックの芳香剤をちらりと見た。

「あぁ、これか」

芳香剤を置いて一ヶ月は経っていないけれど、そろそろ買い替え時ではある。


「──俺、この香りのおかげで“家に帰ってきたな”って思って、ちょっとほっとする」


いつもなにも考えていないように言うけれど、彼の言うことはいちいち心を揺らしてくる。
そしてこの自覚のなさが、彼のいいところでもある。

一番ほしい言葉を、不意に言ってくれるから。


『ほっとする』って、ものすごく嬉しかったりする。


「買い替えるなら、また同じ香りにしてよ」

「はい。今度、買ってきます」


気軽に“今度”が言えるのも、顔が綻んでしまうくらいには、嬉しい。


「なにニヤニヤしてんの」

「…なんでもないです」

「今日のご飯は?」

「サバの塩焼きです」

「あぁ、ありがとう。腹減った」


リビングにふたりで戻りながら、昨日とは違う会話のあたたかさを噛み締めた。


< 367 / 403 >

この作品をシェア

pagetop